法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第6回 「文化の日」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2016年11月7日

 11月3日は「文化の日」であり、1946年のこの日に日本国憲法が公布された。「文化の日」に日本国憲法が公布されたのではなく、日本国憲法が公布された日を、「戦争放棄を宣言した重大な日である」(当時の国会審議)ということで、「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨として「文化の日」としたのである(「国民の祝日に関する法律」)。つまり、「文化の日」は現憲法の公布を記念した祝日、憲法公布記念日なのである。だったら、この日を「憲法記念日」としてもよかったはずなのだが、そうならなかったのは、11月3日という日が、「文化の日」となるまでは「明治節」という祝日であり、さらにその前「明治」の時代には「天長節」(天皇誕生日)つまり「明治天皇」の誕生日を祝う日だったためである。「明治憲法」体制を完全に否定して「新生日本」を築くための礎となる新憲法の記念日が、旧体制を思い起こさせる「明治節」と同じ日ではふさわしくない、と考えられたのであろう。ここでは、旧体制との「断絶」が強く意識されていたといえる。

 しかし他方、日本国憲法の公布日を11月3日としたことは、当時の政府や帝国議会にその明確な意図があったことを示すものは何もないが、「明治節」の日に合わせることによって旧体制との「連続」性を人々の「無意識」のなかに意識させる、という効果をもたらすことになったとも考えられる。そして、この「断絶」と「連続」の、ある意味どっちつかずの曖昧さは、日本国憲法じしんがずっと抱え続けてきた問題でもあったのである。そしていま、旧体制との断絶を認めず「帝国の栄光」を取り戻そうという時代錯誤の復古勢力が、「自主憲法制定」などといった旗印を掲げてそこに付け入り、攻勢を強めている。

 その一つに、現在の「文化の日」を「明治の日」に改めようという運動を進めている団体がある。「明治の日推進協議会」なるその団体は、以下のように述べる。

 《11月3日は明治天皇御生誕の佳節であり、明治6年(1873)に祝日「天長節」と定められました。「天長」の語は『老子』に由来し、天皇の御代が永遠に続くようにとの思いが込められています。
 明治45年(1912)に明治天皇が崩御されると、「天長節」は大正天皇の御生誕日である8月31日に改められました。けれども、西洋列強の圧力を跳ね返すべく幕藩体制を打破し、明治天皇の下で近代国家の建設に取り組んできた記憶を有する当時の国民にとって、この11月3日は特別な日でした。そこで、この日を明治の御代を顕彰する祝日にしようとの国民運動が展開され、昭和2年(1926)に「明治節」が制定されました。
 しかしながら、大東亜戦争敗戦後の昭和23年(1948)に制定された祝日法により、こうした起源を有する「明治節」は廃止され、代わりに、日本国憲法の公布日であることから「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを目的とする「文化の日」と改称されてしまいました。
 もちろん「自由」・「平和」・「文化」は大切ですが、それらが如何なるものであるか、その具体的内容について国民的了解が得られているとは言えません。ましてや、特定の一日と敢えて結び付ける必要があるでしょうか。それよりも、本来の由緒に基づく「明治の日」とし、明治時代を振り返ることを通じて国民としてなすべきことを考える契機にした方が良いと、私たちは考えています。》

 この団体は、安倍首相の「ブレーン」とか「近い人」とされる、たとえば伊藤哲夫氏(日本政策研究センター代表)とか櫻井よしこ氏(ジャーナリスト)などといった人たちが役員に名を連ねており、直近の11月1日に国会内で開かれた同団体の「決起集会」には、安倍首相側近の古屋圭司・自民党選対委員長や稲田朋美防衛大臣も出席した。新聞報道によれば、古屋氏は「かつての『明治節』がGHQの指導で大きく変わることを強いられた。明治の時代こそ大切だったと全ての日本人が振り返る日にしたい」と決意を述べ、稲田防衛相も「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本の良き伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」と語った、とのことである。そして政府は、「明治の精神に学び日本の強みを再認識することは重要だ」(菅官房長官)として、「明治維新150年」にあたる2018年になんらかの記念事業・施策を行うことを検討し始めたという。

 ここに展開されている考え方は、まさに安倍政権の本音の部分である。彼らが目指す「この国の形」は、こういうものなのである。すなわち、「明治」への回帰、「大日本帝国」の復活。これはクーデター以外のなにものでもない。そういうクーデターを企てる連中が、いま、この国の権力を握っているのである。彼らを権力の座に坐らせておくかぎり、このクーデターは、それと気づかれないまま密かに、そして徐々に、しかし着々と、進行し、人々が気づいたときにはもう後に戻れないところにまで行ってしまうであろう。「明治」の日本は、結局最後には破滅した。だから、安倍クーデター政権の行き着く先もこの国の破滅でしかない。それを避けられるかどうかは、どれだけ早く国民が安倍首相とその取り巻きを権力の座から引きずり下ろせるか、にかかっている。



 

[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]