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浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第8回 「共謀罪」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2017年1月11日

 【犯罪の計画段階で処罰する「共謀罪」の構成要件を変えた「テロ等準備罪」を新設する法案の概要が判明した。対象となる犯罪は殺人や覚醒剤の密輸など676に上っており、政府は最終的な内容を詰める与党協議を経たうえで、通常国会に提出する見通しだ。
 「共謀罪」法案はこれまで2003〜05年に計3回、国会に提出されたが、野党や世論の反発でいずれも廃案になった。共謀の概念が広く、「市民団体や労働組合も処罰される」といった懸念が出たためだ。
 2020年の東京五輪などを控え、政府は過去の法案を修正。世界各地でテロが相次ぐ中でテロ対策を強調したうえ、適用の対象を「組織的犯罪集団」に限定することにした。
 さらに、犯罪を実行するための「準備行為」を要件とする。具体的には資金の調達や現場の下見を想定している。政府は、国際組織犯罪防止条約の締結を目指しており、そのためには国内法の整備が必要だとして、通常国会の会期中の成立を目指す方針だ。
 条約の規定に従うと、対象となる「懲役・禁錮4年以上の重大な犯罪」は計676に上る。恐喝や偽証なども含まれ、過去の「共謀罪」法案と同様に対象犯罪が多くなる。このため、対象犯罪の絞り込みを求める方針の公明党との協議の行方が法案提出前の焦点になるほか、国会でも野党の批判が予想される。】

 上記は本年1月7日付け「朝日新聞」の記事である。読者諸氏はこの記事を読んでどう感じられたであろうか?実際に犯罪行為が行われることがなくても、あるいは具体的な犯罪行為が行われる危険性が実際に発生しなくても、複数の人間がなんらかの犯罪行為を行おうと話し合ったなら、その「話し合い」それ自体を罪として処罰する「共謀罪」については、上記記事にあるとおり、これまで3回国会に提出され3回とも廃案となったものである。それを安倍政権は、今度は本気で通そうとしているのだ(昨年秋の臨時国会でも法案提出の動きはあったが、見送られた)。しかし、上記記事の論調はどうだろう?《今回政府が提出しようとしている法案は、東京オリンピックを控えたテロ対策のもので、適用対象も限定し、犯罪の準備行為を要件とするなど要件も厳格化している点で、過去3回廃案になったものとは違う》。そんなふうに読めると思うのは、私だけだろうか?この記事以外に、「共謀罪」の問題点等を指摘する記事や解説や社説は、今日(1月10日)までのところ掲載されていない。「朝日新聞」にしてこの程度である。政府の言っていることをほぼそのまま記事にしただけ。これでは、多くの国民は、《オリンピックもあるし、世界中でテロが横行しているし、こういう法律も必要だろう》と、うなずいてしまうであろう。私の目についたかぎりでは、「東京新聞」が1月6日付けの「新共謀罪を考えるQ&A」という囲み記事で「『話し合いは罪』変わらず」と題して法案の問題点を分かりやすく解説していたほか、1月7日付け「信濃毎日新聞」は「『共謀罪』法案 危うさは変わっていない」とする社説を掲載、また同じ日の「琉球新報」も「共謀罪提出へ 監視招く悪法は必要ない」と題する社説を掲載していた(なお、「神戸新聞」は昨年秋の法案提出の動きの際に「『共謀罪』法案 副作用への不安は大きい」とする社説を載せている[2016.9.3])。しかし、全国紙は「朝日」にしてこのありさまである。あれだけ問題点が指摘され3回も廃案になった法案が、今度はすんなりと通ってしまいそうな状況である。

 日本政府は「共謀罪」について、2000年の国連総会で採択された「国際組織犯罪防止条約」を批准するために絶対必要なのだと説明してきた。この条約が締約国に「共謀罪」の立法化を要求しているからだ、という。その関連条項は、つぎのような規定である。

【第五条】
 1 締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。
 (a)次の一方又は双方の行為(犯罪行為の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする。)
  (i)金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの
  (ii)略(組織的な犯罪集団の犯罪活動等への参加についての規定)

 これを見ると、「共謀罪」を立法化しなければ批准できない、という政府の説明は、もっともなようにみえるかもしれない。しかし、それは真っ赤なウソである。締約国に特定の立法措置を義務づけている国際条約で、その義務づけられた立法措置をしないまま日本が批准しているものが、現に存在するのだから。たとえば、「人種差別撤廃条約」は締約国に対し、「人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布」、「人種差別の扇動」等につき、処罰立法措置をとることを義務づけており(第4条(a)、(b))、日本も1995年にこの条約を批准しているが、日本ではいまだこのような差別表現等を処罰する立法措置は講じられていない。表現の自由を保障する憲法に抵触する可能性があるとして、この規定については「留保」したうえで批准しているのである。つまり、条約上義務づけられた立法措置をしなくても、条約の批准はできるのである。だから、「共謀罪」を立法化しなければ「国際組織犯罪防止条約」を批准できないというのは、大嘘もいいところなのである。

 「共謀罪」は、まだ何の実害も、あるいはその危険性すら発生しない段階で、「話し合い」をしただけで罪になる、という点では、差別表現等の規制以上に表現の自由の保障に抵触するものだといえる。差別表現等の場合には、それによって傷つく人が現実にいるという意味では、それ自体が実害をもたらすともいえるのに対し、「共謀」の場合には、それだけでは何の実害も生じないのだから、表現の自由ということでいえば、より慎重になるべきものだといえる。それなのに、差別表現の場合には条約上義務づけられていても処罰立法はできないと言い、「共謀」の場合には条約上義務づけられているから処罰立法を作らなければならないと言う。これは要するに、差別表現は処罰したくないが「共謀罪」は何としても作りたい、と言っているにほかならない。憲法だの国際的義務だの、都合の良いほうを都合の良いように持ちだしているだけなのである。

 それでも、《「テロ」の脅威から国民を守るために「共謀罪」は必要だろう、「テロ」が起きてからでは遅いんだから》と思う人は多いかもしれない。あるいは、《自分はテロ集団とは関係がないし、そういう連中とテロの相談をするなんてことは絶対にありえないことだから、「共謀罪」ができても別に何の不利益もない。むしろ、テロの脅威から守られるのなら歓迎すべきことだ》というあたりが、「一般の人」の感覚なのかもしれない。菅官房長官は、そういう「一般の人」が対象になることはあり得ない、と断言したことでもあるし……。

 しかし、「共謀罪」の対象は、テロやテロの準備行為に限定されているわけではなく、冒頭に引用した記事にあるとおり、その対象犯罪は676もの数になる(法定刑が長期4年以上の懲役・禁固とされている犯罪)。たとえば、どこかの建物の塀にビラを貼るなどという行為も、「建造物損壊罪」だとして対象になることもありうるのである。だから、「みんなで手分けしてビラを貼ろう」と相談したら、それだけで「建造物損壊の共謀」の罪に問われることにもなりかねない。単に相談しただけだったら、もしかしたら有罪にはならないかもしれない。あるいは、不起訴ということになる可能性もないわけではなかろう。しかし、「共謀罪」容疑での捜査・取調べは可能である。つまり、相談した、話し合った、というだけで、警察は強制捜査に乗り出すことができることになるのである。「共謀罪」の本当の狙いと本当の怖さは、ここにある。そしてまた、「共謀罪」を立件するためには、「○月○日にどこそこでこういう内容の謀議がなされた」という証拠をつかむ必要があるが、その「謀議」はそもそもが仲間同士の「内輪」のものだから、「外」からの捜査だけでそういう証拠をつかむのは、ほとんど不可能だといってもよい。ではどうするか?電話やメールを盗聴(読?)する。あるいは部屋や車に盗聴器を忍ばせる。内部の人間に見返りを約束して「たれ込み」させる。あるいは潜入捜査。等々、「共謀罪」の立件のためには、こういう捜査手法が不可欠になる。だから、「共謀罪」ができれば、捜査当局はこれらの捜査手法を堂々と用いることができるようになる。そして、もう一度言うが、捜査そのものは、結果として有罪になるケースに限定されるものではない。

 そもそも、「共謀罪」必要論の根拠とされている「国際組織犯罪防止条約」は、テロ対策を目的としたものではない。それは、マフィアや日本でいえば暴力団などの組織による国際的な資金稼ぎや資金洗浄を各国の協調によって断ち切ることを、そもそもの目的として締結されたものである。先に引用した第5条が、単に「重大犯罪を行うことの合意」とせずに「金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため」という限定を付しているのは、そのためである(この限定は、同条約の他の条文でも繰り返し明示されている)。

 「オリンピック」と「テロ対策」という「マジック・ワード」に騙されて、権力側の「何でもあり」を許してしまっては、後悔という「レガシー」が残るだけである。



 

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