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浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第9回 「大学と軍事研究」


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2017年2月13日

 2013年12月に閣議決定された「防衛計画の大綱」は、「安全保障の観点から、技術開発関連情報等、科学技術に関する動向を平素から把握し、産学官の力を結集させて、安全保障分野においても有効に活用し得るよう、先端技術等の流出を防ぐための技術管理機能を強化しつつ、大学や研究機関との連携の充実等により、防衛にも応用可能な民生技術( デュアルユース技術) の積極的な活用に努めるとともに、民生分野への防衛技術の展開を図る」ことを明記した。そして、2015年10月に防衛装備の研究開発や調達、輸出を一元管理する防衛省の外局「防衛装備庁」が作られ、ここが大学・研究機関との共同研究開発の拠点としての役割も果たすこととなった。それを具体的に実行するため、2015年度の防衛省・防衛施設庁予算として、総額3億円の「安全保障技術研究推進制度」が創設された。これは、防衛省が決めた研究テーマのもとに、軍事への応用が期待できる基礎研究に対し研究委託という形で研究費を支給する、いわゆる「競争的資金」である。このお金は、2016年度には6億円に倍増され、2017年度予算案では、なんと一気に110億円に増額された。

 「科学者の国会」とも言われる「日本学術会議」は、1950年に、先の戦争に科学者が協力したことへの反省から、「戦争を目的とする科学の研究は絶対に行わない」旨の声明を発表し、1967年にも「軍事目的の科学研究を行わない声明」を出した。こうして、戦後の日本の科学界は、基本的に、軍事研究とは一歩距離を置く姿勢をとってきたが(もっとも、米軍からの資金を研究費として受け取ってきた大学研究者も少なからずいるから、文句なしに胸を張れるわけではない)、防衛省主導で軍事目的が明白な「安全保障技術研究推進制度」という形の研究資金をまえに、その姿勢に大きな揺らぎを見せはじめた。昨年4月の日本学術会議総会で、大西隆会長(豊橋技術科学大学長)は「大学などの研究者が、自衛の目的にかなう基礎的な研究開発をすることは許容されるべきだ」とする旨の主張をし、これをうけて日本学術会議は「安全保障と学術に関する検討委員会」を設け、従来の声明を見直すかどうかの検討をすることとなった。

 同委員会が本年1月に発表した中間とりまとめでは、軍事研究においては「研究の方向性や秘密性の保持をめぐって、政府による研究者の活動への介入が大きくなる懸念がある」、「安全保障技術研究推進制度」は「将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ、外部の専門家ではなく(防衛省の)職員が研究中の進捗管理を行うなど、政府による研究への介入の度合いが大きい」、など、とくに「学問の自由」の観点から、大学の研究者が軍事研究に従事することには消極的な立場が表明されており、また2月4日に日本学術会議が開いた公開討論会でも、「防衛省の研究制度には参加しないことを見解に明記すべきだ」など、消極的な意見が相次いだと報じられている。そういう意味では日本の科学者の「良心」は全体としてなお健全であるとも言えるが、しかし、他方では、「憲法上、自衛権は認められており自衛隊の存在は認めるべきだから、自衛隊に必要な自衛のための装備の開発につながる研究を大学等の研究機関において行うことは当然認められるべきだ」とか、「国家の安全に対して無責任な学者や大学は、もはや政治から相手にされなくなる」などといった意見が、それぞれの分野で第一級とみなされる研究者の口から臆することなく発せられてもいる。そしてまた、学内研究者の「安全保障技術研究推進制度」への応募を明確に否定していない大学も多い。

 この問題を、科学者の「良心」の問題として語ることは、ある意味、人心に心地よく響くであろう。そして、たしかに「良心」の問題だという面があることは否定できない。だが、今回の防衛省・防衛施設庁の「安全保障技術研究推進制度」には、単に「良心」の問題に帰することのできない、きわめて重大な「裏」がある。それは、一言でいえば、2004年「国立大学法人化」以後の大学に対する財政的締め付けである。「法人化」以後の国立大学は、その運営のための基盤的経費を国から「運営費交付金」として支給されることとなったが、2004年4月からの「法人化」が目前に迫った同年年明けの国立大学長会議の場で、文科省は突如「法人化後の運営費交付金は毎年1%ずつ削減される」旨通告した。そして、事実、「運営費交付金」は以後毎年1%前後減らされ続け、2004年度に約1兆2400億円だったものが、2016年度には約1兆900億円と、12年間で約1500億円の減少(2004年比で約12%減)となっている。そんな状況のなかでは、研究費など、とうていまかなえるはずはなく、大学の研究者は、みずからの研究を遂行するためには、「科学研究費」などのいわゆる「競争的資金」や企業などからの「外部資金」に頼るほかないことになる。「競争的資金」は、まさに研究者間の「競争」によって獲得できるかどうかが決まるものであるから、すぐに成果が出そうな研究や実用性のある研究、あるいは時流に乗った研究のほうが、どうしても有利になりがちであり、また企業などからの「外部資金」はその企業等にとってプラスになる研究への助成に傾くことになる。こうして、ごく少数の研究者にはそれこそ使い切れないほどの研究費があちこちから支給される一方で、多くの研究者は必要な研究費をまったく得られない状態に置かれることとなる。

 こうしたなかでの110億円である。研究費の獲得に苦労している研究者がこれに飛びつきたくなるのも分かる。そして、これは兵器への応用研究ではなく、応用のまえの「基礎研究」が対象となっている。となると、研究者の側は、「非軍事の民政目的にも役立つものだから、軍事研究そのものではない」と、言い訳が立ち、みずからを納得させることもできる。そういう「逃げ道」も用意して、防衛省主導の軍事研究に研究者を誘導しようというのが、この制度なのである。「大学にも競争が必要だ」、「選択と集中によって、社会的要請に応えうる研究には援助を惜しまない」などという謳い文句の裏で、多くの研究者を「欠乏」状態に追い込み、他方で「安全保障技術研究推進制度」という「エサ」を目の前にちらつかせて、「お金が欲しければこっちへおいで」という形で研究者たちを軍事研究に動員していく。制度発足からわずか3年目にして当初の実に40倍近くの増額。こんな破格の取り扱いに、その意図は明確に示されている。そういうやり方自体を変えさせずに、研究者の「良心」に訴えるだけでは、科学者の軍事研究への動員はどんどん拡大することになっていくだろう。ちなみに、2017年度「安全保障技術研究推進制度」の110億円という数字が、いったいどれほどの額なのかというと、全86校の国立大学のうち、年間運営費交付金の多い順からいって25〜30位程度の中堅大学(たとえば、山口大、群馬大、三重大、岐阜大など)1校1年分の運営費交付金とほぼ同額である。



 

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