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浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第12回 どうなる? 2020年


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2017年5月22日

 いよいよ「本丸」に切り込んできた。安倍首相は、ついに「9条改正」を明言し、2020年に施行したいと言った。「2020年東京オリンピック」を機に「新しい日本」のスタートを切る、というのだ。何をやっても何を言っても、国民は怒らない、支持率は下がらない、政敵も出てこない、という現状への「自信」のなせる業なのであろうが、一体全体、オリンピックと憲法に何の関係があるというのだ。「共謀罪」も「改憲」も、みな「オリンピック、オリンピック」である。オリンピックというものは、こういう形で権力者に利用されるものだということも、しっかり認識しておく必要がある。

 ときは遡って1931年、国際オリンピック委員会は、1936年夏季オリンピック大会(第11回大会)の開催地をベルリンに決定した。ベルリンは1916年の第6回オリンピック開催地として決定されていたが、このベルリン大会は第一次世界大戦のために中止となった。1931年の決定は、中止となった16年大会の代替という意味と同時に、第一次世界大戦の敗戦国ドイツが国際社会へ復帰するきっかけにしようという意味を持っていた。しかし、その2年後の1933年、ドイツではヒトラーが首相になり、またたく間にナチスによる独裁体制が確立されて、「アーリア人」の人種的優越性を掲げた軍国主義、反ユダヤ主義、人種差別主義の嵐が吹き荒れることとなる。その中で開催された1936年ベルリン・オリンピックは、ナチスのプロパガンダとしての目的を持たされたのであった。

 ヒトラーは、当初、オリンピックそのものを「ユダヤ主義的だ」などとして否定的にとらえていたが、1934年にイタリアのムッソリーニがサッカーの第2回ワールドカップ・イタリア大会をファシズム宣伝にうまく利用し成功したのをみて、ナチスの宣伝のためにオリンピックを利用できると考え、開催に力を入れるようになった、といわれている。そのため、ヒトラーは、オリンピック開催までは、その反ユダヤ主義や人種差別主義あるいは領土拡大計画を隠し、外国からの観客や報道機関を通じて「平和で寛容なドイツ」のイメージを国際社会に印象づけようとした。アメリカやヨーロッパでは、一部でボイコット運動もあったが、ヒトラーの「作戦」が功を奏して、結局ボイコット運動は衰退していった。こうして、1936年8月1日、ヒトラーの開会宣言により、第11回オリンピック大会は開幕した。この大会で初めて「聖火リレー」が採り入れられ、アテネとベルリンを「聖火」で結ぶことによって、古代ギリシャからの正統な後継者としての「アーリア人」の優越性が誇示された。そしてドイツ人選手はこの大会で多くのメダルを獲得し、ドイツ人が再び世界の人々の「仲間」になったことを世界にアピールした。それは、ナチス・ドイツの統治の「成功」のアピールでもあった。しかし、オリンピックが終わるや、ユダヤ人などへの迫害が再開され、領土拡大計画も着々と進められて、わずか3年以内に、オーストリア、ハンガリー、チェコ、そしてポーランド、さらにはヨーロッパ全土へ侵略の歩を進め、第二次世界大戦へと突入していったのであった。

 この1936年には、ベルリン大会開会の直前に行われた国際オリンピック委員会総会で、つぎの1940年第12回大会の開催地を決める投票が行われ、東京が対立候補のヘルシンキを押さえて勝利し、「東京オリンピック」の開催が決まった。こうして、「アジア初」となるオリンピックの開催に向けて、国内では本格的な準備が進められていった。しかし、この当時、日本はすでに中国大陸への侵略を進め、「満州」を支配し(1931年「満州事変」、32年「満州国」建国宣言)、さらに中国内部へと侵略を続けている最中であった。そして1937年7月の「盧溝橋事件」以後、中国との戦闘は一気に拡大し「日中戦争」へと突き進んでいった。1938年に入ると、日中戦争の長期化で資材が逼迫し、競技施設の建設にも支障が生じるようになってきた。そのため、陸軍などからオリンピック開催の中止を求める意見が強く出され、日本政府は38年7月、開催権返上を正式に決定した。こうして、「1940年東京オリンピック」は幻と消えた(代わってヘルシンキが開催地として決定されたが、第二次世界大戦のために、これも中止となった)。なお、1940年には冬季オリンピックも札幌で開催されることになっていたが(1938年3月のIOC総会で決定)、こちらも、東京大会ともども、正式決定からわずか4か月で、返上された。

 憲法9条を「改正」して「2020年東京オリンピック」を機に「新しい日本」のスタートを切ると意気込む安倍首相。「まるで皇帝にでもなったような」と評する国会議員もいるほどのこの「右翼の軍国主義者」を、このまま政権の座にとどまらせ独裁権力を振るわせるなら、「2020年東京オリンピック」は「1936年ベルリン・オリンピック」と同じく、ファシズム政権の宣伝の具と化すか、あるいは最悪の場合、「1940年東京オリンピック」の二の舞になる可能性すら排除できないであろう。はたしてどうなる? 2020年。どうする? この国の人々。



 

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