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浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第15回 「核の傘」という愚かな妄想


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2017年8月22日

 7月7日、ニューヨークの国連本部で開かれていた核兵器の禁止に関する交渉会議は、国連加盟国の約3分の2にあたる122ヵ国の賛成で「核兵器禁止条約」を採択した。この条約は、「核兵器の使用がもたらす破滅的な人道的結果を深く懸念し、核兵器完全撤廃こそが二度と核兵器が使用されないことを保証する唯一の方法である」との認識のもと(前文)、核兵器の使用および使用の威嚇とともに、核兵器の開発・実験・製造・取得・保有・貯蔵・移転・受領等を禁止し、さらに、これらの禁止行為の援助・奨励・勧誘や援助の要請および援助を受けること、また、自国領域・管轄地域への核兵器の配備・設置を許可することも禁止するものである(第1条)。そして、核兵器完全廃棄に向けて、核兵器その他の核爆発装置を保有する国は「直ちにそれらを運用態勢から撤去し、廃棄計画に基づき破棄する」ことを定め(第4条)、各国が核兵器の使用や実験によって被害を受けた個人への支援を「差別なく十分に」提供すべきことを定める(第6条)。

 この条約の採択には、広島・長崎の被爆者たちの長年にわたる「核廃絶」への切実な訴えと取り組みが大きく貢献した。条約前文は、"hibakusha"という言葉を2カ所で使って、そのことを示した。以下が英語正文の当該箇所である(下線を付けたのは筆者)。
 "Mindful of the unacceptable suffering of and harm caused to the victims of the use of nuclear weapons (hibakusha), as well as of those affected by the testing of nuclear weapons,"
 "Stressing the role of public conscience in the furthering of the principles of humanity as evidenced by the call for the total elimination of nuclear weapons, and recognizing the efforts to that end undertaken by the United Nations, the International Red Cross and Red Crescent Movement, other international and regional organizations, non-governmental organizations, religious leaders, parliamentarians, academics and the hibakusha,"

 それなのに、日本政府は、アメリカに同調して、(そのほかの核保有国やNATO諸国などとともに)この条約の交渉会議自体に参加せず、条約採択後も「署名・批准を行う考えはない」(安倍首相)と言い切った。「唯一の被爆国」である日本が、「核兵器禁止条約」に完全に背を向け拒絶するとは……。8月9日の長崎原爆の日、田上長崎市長は「長崎平和宣言」において、「日本政府に訴えます。核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地はとうてい理解できません」と、強い口調で抗議の意思を表し、また、安倍首相に要望書を手渡した被爆者代表は、安倍首相の顔をしっかり見つめ「総理、あなたはどこの国の総理ですか。私たちをあなたは見捨てるのですか」と、まさに「満腔の怒り」を込めて抗議しても、この国の為政者の心には何も響くものはなかったようである。安倍首相は、この日も、8月6日に広島で読み上げた文書の「コピペ」で、「真に『核兵器のない世界』を実現するためには、核兵器国と非核兵器国双方の参画が必要です。我が国は、非核三原則を堅持し、双方に働きかけを行うことを通じて、国際社会を主導していく決意です」という、内容空疎な言葉を棒読みしただけだった。"Hibakusha"に心を寄せ「核兵器違法化」の道を開いた国際社会と、「被爆者」の訴えや抗議を「馬耳東風」とばかりに聞き流すだけの「唯一の被爆国」政府。ありえないこの対照を、私たちはしっかりと目に焼き付けておくべきである。私たちの政府は、これほどまでに国民のことを心にかけていない政府なのである。

 日本政府がこの「核兵器禁止条約」を受け入れないのは、日本がアメリカの「核の傘」の下にあるためである。アメリカが持つ核戦力に頼り、その「核抑止力」によって日本の安全を保つ、という考え方・政策をとる以上、核兵器の使用や使用の威嚇、さらに製造・保持等を禁じ、核兵器自体を「絶対悪」として違法化する本条約は相いれないものだ、ということになるのだろう。そして「核の傘」、「核抑止力」ということしか考えられない連中にしてみれば、金正恩(北朝鮮)が無謀なまでの核・ミサイル開発を進めているいま、「核抑止力」は強化こそすべきものであって「核兵器違法化」などとんでもない、ということになるのだろう。こうしていま、日本の安倍政権は、トランプと金正恩という品格も知性もない二人の「指導者」が繰り広げる「チキン・レース」の片棒を担ぎ、一緒になって核戦争の危機を作り出しているのである。一体全体、一方で「核」による威嚇(=「核抑止力」)をしながら、他方、北朝鮮に核放棄を迫るなどというやり方が、どうやったら通用するというのであろうか。「チキン・レース」は先にハンドルを切った方が負けである。負けを嫌ってどちらもハンドルを切らなければ、最後は正面衝突である。金正恩が「チキン」だという確証もないから、この「チキン・レース」を続けるかぎり、最後は北朝鮮への軍事攻撃によって力ずくで核・ミサイル放棄をさせるしかないことになろう。

 しかし、日本の安全保障という観点からは、これが最も危険なシナリオである。もしアメリカが北朝鮮を軍事攻撃したら、北朝鮮の報復攻撃を受けるのはアメリカではなく日本と韓国である。北朝鮮には、まだ、アメリカ本土を直接攻撃できるだけの能力はないから、アメリカと同盟関係にある日本と韓国が標的にされるのは確実である。とくに、日本が「集団的自衛権」でアメリカ軍と一緒に攻撃に加われば、100%そうなる。そして、「アメリカ・ファースト」のトランプは、アメリカにとって現実的な脅威になったと判断すれば、日本や韓国が北朝鮮の報復を受けて焼きつくされることになっても知ったことではない、として北朝鮮への軍事攻撃に踏み切ることは、十分考えられる。だから、日本の首相であるなら、いましなければならないことは、こういう事態を絶対招かないよう阻止することである。双方に対して、とくに「同盟国」だというのならそのアメリカに対して、「核」を道具にした「チキン・レース」を直ちにやめさせるよう、身を挺して行動すべきである。それには、日本自身が「核の傘」から脱し、核兵器禁止条約を受け入れることが、最も有効な手段になるはずである。

 そもそも、「核の傘」は決して開くことのできない傘である。それを開けば、「敵」だけでなく自分自身も含めた人類そのものを滅亡させ、地球を破壊することになりかねないから。開くことのできない傘なら、傘の役目は果たさない。何の役にも立たない。そんな役に立たない「傘」によって自分たちの安全が守られるなどと考えるのは、まったく愚かな妄想でしかない。



 

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