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浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第18回 「安倍9条改憲」は「自衛隊合憲」の弁明放棄


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2017年11月20日

 トランプが「来日」した。羽田や成田など日本の空港ではなく、米軍横田基地に降り立って。まるで占領地の視察に来たかのようである。いったいどこの国の首相なのか、安倍晋三は、そんなトランプの無礼な振る舞いに不快を示すどころか、満面の笑みをもってゴルフに晩餐にと、せっせと接待これ勤めた。そうして、万が一そんなことになれば日本国民の命に甚大な犠牲をもたらすことになる北朝鮮への軍事攻撃にさえ、思いとどまらせるようなことは一言も言わず「最大限の圧力をかけていくことで完全に一致した」と、一緒になって威勢のいい言葉を発した。さらには、「アメリカ製の兵器をもっともっと買え」というトランプの要求にも、一言も逆らわなかった。安倍にとっては、日本国民の命よりもトランプの機嫌を損ねないことのほうが、よっぽど大事なのだ。トランプに先立って来日した彼の娘イヴァンカにも、まるで「王女」を迎えたかのような厚遇で接し、彼女の「イヴァンカ基金」に対して57億円もの大金の寄付を即決したのだから、よくもまあ、ここまで卑屈に「忠犬」ぶりを発揮できたものだと思う。

 その、「どこの国の首相なのか」といわれても仕方のない(実際、8月9日には長崎で面と向かって国民からそう言われた)安倍晋三が、「日本国憲法」を変えることに異常な執念を燃やし、いままさに突っ走りはじめようとしている。年内に自民党として案をまとめ、年明けの通常国会に提案しようというのである。その「安倍改憲」の最大のテーマは、9条に自衛隊の存在を明記する条項(9条3項?)を加える、というものである。現行の9条1項・2項には手をつけないで自衛隊の存在を書き込むというのだが、いったいどんな条文にしようというのか。首尾一貫しないみっともない憲法になってしまうのではないか。まず、そっちが心配になる。みっともないものになってしまうかどうかは、決してどうでもいい些細な問題ではない。が、より核心的な問題は、いうまでもなく、9条を変えてどうしようというのか、である。

 そもそも彼らは、ずっと、「自衛隊は合憲だ」と言ってきた。だから、自衛隊の存在を書き込む「改憲」は何ら現状を変更するものではない、と彼らはいう。ならばなぜ、憲法を変える必要があるのか。現状を変えるつもりがないのだったら、憲法を変える必要もないはずだ。だが、彼らには、9条を変えなければならない理由、自衛隊の存在を憲法に明記しなければならない理由が、はっきりあるのだ。それは、2014年7月にいわゆる「集団的自衛権」の行使容認を閣議決定したことで、従来の「自衛隊合憲論」の論拠が根底から崩れ、「自衛隊は合憲だ」とする論理が、いかな詭弁を弄そうとも、もはや組み立てられなくなったからである。「安倍9条改憲」は、自衛隊合憲の弁明がもはやできないことを、彼ら自身が「自白」したようなものなのである。

 いったいなぜ、歴代の政府はいわゆる「集団的自衛権」は行使できないと言い続けてきたのか。それは、このことこそが、本来違憲の自衛隊を合憲と言い繕うための最低限の条件だったからである。「一切の戦力を保持しない」とする憲法のもとで自衛隊という「立派な軍隊」(2015年の「クレディ・スイス」社の『国際情勢分析レポート』によれば、世界の軍事力比較で第4位!)をなぜ持つことができるのか。この問いに対する従来の政府の答えは、こうである。(1)憲法9条は一切の戦争を放棄し一切の「戦力」の保持を禁じている。(2)したがって、日本が「戦力」を持つことは自衛のためといえども憲法上禁止されている。(3)しかし、憲法9条は独立国家に固有の権利としての「自衛権」まで放棄したものではない。(4)したがって、この「自衛権」の行使としての必要最小限度の行動は憲法の禁ずるところではなく、そのための手段として「自衛のために必要な最小限度の実力(自衛力)」を持つことは憲法9条に違反しない。(5)自衛隊は「自衛のために必要な最小限度の実力」であり憲法9条が禁止する「戦力」にはあたらない。

 ここで自衛隊を合憲だとする最大の論拠となっているのは、(4)であり、そしてそれを前提にしての(5)である。つまり、憲法上認められるのは「『自衛権』の行使としての必要最小限度の行動」だけだ、というのが大前提になっているである。だから、従来、政府は、「わが国に対する急迫不正の侵害があること、この場合にほかに適当な手段がないこと、必要最小限度の実力行使にとどまること」を「自衛権発動の三要件」とし、したがって、自国が攻撃を受けていなくても同盟・協力関係にある他国が攻撃を受けたときにその国と一緒に武力行使できるという、いわゆる「集団的自衛権」は、憲法上認められないとしてきたのである。日本が攻撃を受けたわけでもないのに「行動」を起こすのは「『自衛権』の行使としての必要最小限度の行動」とはいえない。自衛隊は、「必要最小限度の行動」のための手段としての「必要最小限度の実力」なのだから、それを自国ではなく他国が攻撃を受けた場合に出動させることは許されない。これが、上記の「自衛隊合憲」の論拠から導かれる当然の結論であり、従来の政府の自衛隊合憲論の核心なのである。つまり、自衛隊合憲論といわゆる「集団的自衛権」否認論というのは、論理的に合体していたのである。逆にいえば、いわゆる「集団的自衛権」の行使を容認したなら、これまで政府が言ってきた「自衛隊合憲」の論拠は完全に吹っ飛ぶことになるわけである。

 こうして安倍政権は、「自衛隊合憲」の論拠をみずから完全に潰してしまった。これまで、無理に無理を重ねて「合憲だ」と言い繕ってきたのだから、それを潰してしまってさらに言い繕うための論理を組み立てるのは、もはや不可能である。だから、憲法に自衛隊の存在をはっきり書き込むことが、絶対に必要となったわけである。そして、憲法上自衛隊の存在が明記されれば、今後は、これまでのように憲法上の問題を追及されることもなく、したがって合憲性を弁明するための論理の組み立てに汲汲としてエネルギーを浪費する必要もなく、思うままに自衛隊を動かすことができるようになるわけである。「多くの国民は、自衛隊を合憲だと考えている。それを憲法上はっきりさせるだけだ」、ではない。決して「だけ」で済まないことは、100%断言できる。



 

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