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浦部法穂の「憲法雑記帳」

 

第19回 「元号」・考


浦部法穂・法学館憲法研究所顧問
2017年12月22日

 私が現役当時、大学の教授会で人事計画や具体的な人事案件が審議されるとき必ず配付されていた資料の一つが、在籍教員の生年月と定年の年月日を記載した一覧表であった。どの分野にいつ頃後任人事が必要になるか、あるいは具体的な人事案件が上がってきたときにポストのやりくりができるかどうか、等々のことを判断するために、こういう資料が必要だったのである。まだ30代後半か40代前半の頃だったと思うが、私は、この資料を見ながら、同年代の同僚と、よく冗談まじりに「俺ら、定年ないぞ」と言っていたものである。その資料では、たとえば私の場合、生年月は「昭和21年2月」で、定年は「昭和84年3月31日」となっていた。「昭和84年3月31日」という日はまず存在しえないだろうから私の定年退職日は永遠にやってこないではないか、という、もちろんジョークにすぎないものだったのだが、ともかく、当時、大学の公的文書はすべて元号表記であったから、「昭和84年」などという表記も平気でなされていたわけである。いまはどうかは知らないが、もし従来のようにすべて元号表記になっているとしたら、「平成31年4月」以降に定年年齢に達する人の定年年月日をどう表記するか、さぞかし困っているのではないかと思う(ちなみに、大学の定年退職日は、定年年齢に達した日ではなく、その年度末というのが一般的)。いままでだったら、「平成32年3月31日」でも「平成60年3月31日」でさえも、そう表記して平然としていられたのだろうが、いまや「平成32年」も「平成60年」も、そういう年はないことが確定してしまったのだから。

 現天皇の退位日が2019年4月30日と決まった。そして、翌5月1日に新天皇が即位することとなる。これに伴い、「平成」の元号は「平成31年4月30日」までとなり、翌5月1日をもって「改元」されることとなる。当初は年が変わるのに合わせたほうが何かと都合がいいのではないかというので、2018年12月31日退位、「平成」は「30年」で終わり、というのが有力視されていたが、年末年始は宮中行事も多く慌ただしすぎるというので宮内庁が難色を示したとされ、それでは年度替わりに合わせて3月31日退位、4月1日から新元号、という話になりかけたところ、今度は選挙その他の政治日程がからんでこれも避けたいということになり、結局中途半端な4月30日退位と相成った。なぜ、あるいはどういう議論を経て、そういう結論になったのかは、それを決めた「皇室会議」の議事録も公開されないのでわからずじまいである。が、私自身は、「元号は使わない派」なので、退位や「改元」がいつになろうとそんなに大きな不都合は感じないから、どうでもいいといえばどうでもいい話である。しかし、冒頭の教授会資料の例のように、あるいは官公庁やNHKのように、あくまで元号表記にこだわる場合には、新元号が決まるまで、再来年の5月以後の日程をどう表記するか、大いに頭を悩ませているのではないかと思う。

 「元号」は日本で古くから使われてきた(645年の「大化」が最初?)年の数え方であるが、いわゆる「一世一元」(天皇の代替わりがあったときにのみ「改元」する)が制度化されたのは「明治」になってからである(1868年太政官布告など)。一人の天皇の治世を一つの時代単位とする、という制度がここで作られたわけである。その後、日本国憲法のもとでは、上記太政官布告などは無効とされ、元号の法的根拠は失われたが、事実上「昭和」の元号が使われ続けた。これに法的根拠を与えるべく制定されたのが1979年の「元号法」である。元号法はわずか2か条の簡単な法律であるが、ここで「元号は皇位の継承があった場合に限り改める」(2条)として、「明治」以来の「一世一元」制がそのまま法定されたのであった。「一世一元」制は、一人の天皇が統治している期間を一つの時代とするということであり、そういう発想の根源を求めれば、天皇は空間のみならず時間をも支配するという考え方にたどり着く。つまり、天皇を絶対的権威として措定するものだといえる。だから、憲法論的にシビアに考えれば、「一世一元」制、ひいては「元号」は、天皇の絶対的権威を否定し「国民主権」を基本原理とする日本国憲法には不適合なものだといってよい。

 ただ、私が元号を使わないことにしているのは、上記のような憲法論的な疑義もさることながら、なによりも不便きわまりないからである。物事を歴史的な文脈のなかでとらえようとするとき、年代が元号で表記されていたり元号で覚えていたりしたら、それが何年前のことなのか即座にはわからないし、世界の出来事と関連づけて考察しようとする場合には、いちいち西暦に「換算」しなければならない。これが元号ではなくすべて西暦で表記・記憶されていれば、そんな面倒は生じない。だから、私は、1988年に拙著『憲法学教室T』を出したときから以後は、日本の判例の引用を含めて、元号は一切使わずすべて西暦表記にする方針を貫いてきた。

 もちろん、これもシビアな憲法論からいえば、西暦なら問題ないというわけではない。西暦はキリスト教起源の紀年法であり、イエス・キリストの生まれたとされた年(実際の生年とはずれているらしいが)を基準とした年の数え方であって、厳密にいえば宗教的な意味合いを帯びているともいえるから。ただ、元号と違って西暦には終わり(リセット)がないし、こんにち世界的に広く使われているという意味でも、利便性という点において元号よりもはるかに勝っている。「国際的に活躍できる人材の育成」などということが強調されるこんにち、そう言いながら一方で、政府や役所やNHKが、日本でしか通用しない元号表記にかたくなにまでこだわっているのは、大いなる矛盾である。「日本の文化的伝統だ」などと言いたいのかもしれないが、元号はそもそも中国由来のものなのだから、日本の伝統なんかではない。

 元号も西暦も、憲法論的には、どっちかはダメでどっちかは良いというものではない。国民のなかには西暦よりも元号で言われたほうがわかりやすいと感じる人もいるだろう。だから、私は、元号を廃止すべきだとまで言うつもりはない。しかし、やはり(少なくとも私にとっては)不便である。そして、私と同じように不便だと感じている人もいるはずだと思う。だったら、公文書やNHKの報道も、元号一辺倒ではなく、少なくとも西暦併記の措置くらいはとってしかるべきではないかと思う。



 

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