映画『うしろの正面だあれ』
花崎哲さん(憲法を考える映画の会)
「かよ子は明るくて人に好かれる子だから、大丈夫」。
お母さんが繰り返し言っていたその言葉が、泣き虫かよ子を励まし、戦争の厳しさの中でもかよ子に生きる力を与えました。こ
の映画は、戦争の悲惨さとともに、愛情こそが子どもの生きる力となることをあたたかく描いた作品です。そのことを素直に受け
止め、共感できるのは、この作品が自分の子ども頃、感じて心の内を、ひとつひとつ細やかに書きとめた原作の力と、それをてい
ねいに目に見える愛らしい絵にしていったアニメーションの力でしょう。
【ものがたり】
1940(昭和15)年、東京の下町本所堅川三丁目の路地には、子どもたちが遊び、物売りの声が行き交います。
つりざお職人「竿忠」の家には、江戸っ子の父ちゃん、働き者でやさしい母ちゃん、ちょつときびしいおばあちゃん、妹思いの
三人のお兄ちゃん。そして、一年生になったばかりのかよちゃんの7人が、なかよく暮らしていました。
かよちゃんは泣き虫で、ときどきオネショの失敗もしますが、弟の孝ちゃんが生まれてからは、しっかりもののお姉ちゃんにな
りました。
そして1941(昭16)年の12月。日本は太平洋戦争に突入。学校も子どもたちの遊びも、町の暮らしも戦争一色になりました。
1944(昭19)年になると、東京の空にも米軍の重爆撃機B29が現れるようになりました。かよちゃんは学校のすすめで空襲を避け
て疎開をすることになり、ひとり沼津のおばさんの家にお世話になります。
そして、1945(昭和20)年の3月9日の夜。沼津の山から真つ赤に染まった東京の空を目撃したかよちゃんは、家族の無事を必死に祈るのでした。(『うしろの正面だあれ』ホームページ「ものがたり」より)
子どもの頃の思い出は、財産といいます。大切にされてきた、かわいがられてきた、つまり愛されていた自分を思い返すことが
出来るということが、その人の自信になり、困難にぶつかった時にも、それに立ち向かっていく力になるということでしょう。
この映画が、多くの人に共感を得られるのは、子どもの時の家族、親や兄弟や祖父母、周りの人々が自分をどのように包んでい
たか、細やかに、そして、ていねいに描かれ、それらが積み重ねられていく語り方にあるのだと思います。
映画を見ている人は、時代や境遇は違っても、「そうだった、そうだった。そんなことがあった。」と自分の子どもの頃にあっ
たことや、まわりの人のことを思い出して、まわりを見回していた自分の感じ方に共鳴するのだと思います。
戦争と子どもを描いた作品というと、男の子が主人公のものが多いと思っていたのですが、今回、憲法映画祭のプログラム探し
のため、いくつかの作品を試写したら、意外にも女の子が主人公の作品も多いことに気がつきました。
『ガラスのうさぎ』、『ふたりのイーダ』、『えっちゃんの戦争』、『子どものころ戦争があった』……、そして、このアニメー
ション映画『うしろの正面だあれ』。
女の子の視点の話の方が、戦争というもの、その中で虐げられる人の悲しみをちゃんと見つめ、そしてそれにうちかつ強さをき
ちんと捉えているように思いました。それだけ男の子の方が、軍国教育を強く受け、それから抜け出すのに時間がかかったと言う
ことなのでしょうか。
戦争という極端な情況だけでなく、子どもの時に感じたこと、考えたことを思い返すということが、どんなに大切なことか、と
いうこともこの映画は考えさせてくれました。「誰しも子どもの時があったのに、それを忘れている」と。それは、子どもの頃の
単なる思い出としてだけでなく、これからの世代の人と話していく上でも大切なことではないだろうかと考えました。
ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中で、三男のアリョーシャが子どもたちに話しかける場面があります。「総じて
楽しい日の思い出ほど、ことの子どもの時分、親の膝元で暮らした日の思い出ほど、その後の一生涯にとって尊く力強い、健全有
益なものはありません。みなさんは教育ということについて、いろいろやかましい話を聞くでしょう。けれど、子どもの時から保
存されている、こうした美しく神聖な思い出こそ、何より一等よい教育なのです。過去にそういう追憶をたくさん集めたものは、
いっしょうすくわれるのです。」
状況や世代・年代は違っても、子どもの頃の感じ方を思い出として思い出すと共通のことがたくさんあるはずです。
今、子どもや自分より若い世代と話す時に、自分の中の思い出や子どもの頃に感じたことを思いながら話せば、相手の気持ちに
入る、伝わる話が出来るはずです。
みんな同じ子どもだった頃の思い出をもっていると認識するところから話を始めることが出来れば、今立ちはだかるものに一緒
に立ち向かうことも出来ます。子どもの頃抱えていたいろいろな屈託の思いをあらためて考え直すことになります。
そのようなことに気付かさせてくれるものが、この映画には満ちています。
【スタッフ】
原作:海老名香葉子「うしろの正面だあれ」(金の星社)
監督・脚本・絵コンテ:有原誠治
脚本:今泉俊昭
キャラクターデザイン・作画監督:小野隆哉
美術監督:小林七郎
色彩設計:西川裕子
撮影監督:諌川弘
編集:尾形治
音楽:小六禮次郎
音響監督:明田川進
音響担当:三間雅文
録音スタジオ :アオイスタジオ
効果:倉橋静男
画面構成:片渕須直
企画:鳥山英二、寺島鉄夫
製作:国保徳丸、瀬戸義昭、西村豊治、橋本湛匡、伊藤叡
アニメーション制作:虫プロダクション
製作:「うしろの正面だあれ」製作委員会(テレビ東京、スペース映像、にっかつ児童映画、アルファデザイン、虫プロダクショ
ン)
配給 - 共同映画
【声の出演】
三輪勝恵(中根かよ子)
池田昌子(中根よし=母)
若本規夫(中根音吉=父)
海老名泰孝=九代目林家正蔵(中根忠吉=長兄)
佐々木望(中根竹次郎=次兄)
野沢雅子(中根喜三郎=三兄)
柳沢三千代(中根孝之輔=弟・四男)
沼波輝枝(おばあちゃん)
【主題歌】
「愛はいつも」 唄:白鳥英美子 作詞:海老名泰助(2代目林家三平) 作曲:小六禮次郎
1991年制作/90分/日本映画/アニメーション
作品ホームページ・予告編:
【作品上映申込み】
自主上映会のご案内:KOSEIアニメ普及委員会