映画『オン・ザ・ロード 〜不屈の男、金大中〜』(英題:Kim Dae Jung on the Road)
花崎哲さん(憲法を考える映画の会)
隣国、韓国の現代史をきちんと知りたいとずっと思っていました。金大中さんのことを始め、光州事件、1987民主化運動など、断片的な知識はあるのですが、整理された形で頭の中に入っていなかったということをこの映画を見てつくづく思いました。韓国の現代史は同時代を生きているはずなのに、何も分かっていなかった、と。
この映画は、金大中さんの政治家としての不屈の活動の歩みというだけでなく、韓国の民衆がどのように民主主義を勝ちとっていったのか、実感を持って知ることができました。
そしてまた、自分たちを取り巻いている今の閉塞的な政治状況と合わせて、そこで何が大切なのかを考えるきっかけに出来る映画と思いました。
【Introduction】
民主主義と平和の実現にすべてを懸けた政治家・金大中。拉致、軟禁、投獄、死刑判決、幾多の困難にその道を阻まれても決してあきらめなかった金大中を突き動かしたものとは-
生誕100周年を迎えた、元韓国大統領・金大中(キム・デジュン)の生涯と政治家人生を本人の肉声や関係者のインタビュー、そして本邦初公開の映像を含む6,000時間に及ぶ膨大な映像資料を基に制作された画期的なドキュメンタリー映画。日本の植民地時代に全羅南道に生まれ海運会社を経営し、朝鮮戦争を経て、政治家を志す。軍事政権下で何度も死の危険にさらされながらも信念を貫いたこの男の人生は、どんな映画よりもドラマティックでスリリング、そして感動的である。
激動の韓国現代史を映し出す鏡とも言える金大中の生き様こそ、個人の勇気を信念が、いかに国家の未来を変えうるかを示し、わたしたちが新しい時代を切り拓いていくための道標にほかならない。(映画『オン・ザ・ロード 不屈の男、金大中〜』公式ホームページIntroduction)
映画を見始めて、まず感じるのは、金大中さん自身が政治家を目指すようになっていく過程の語り口が、とても淡々として感情を交えない、ある意味では薄情と思えるほど客観的事実だけを並べている感じがすることです。いわば伝記映画の主人公なのですが、偉い人だったと褒め称えるようになることを、あえて抑制しようとしていることが伝わってきます。事実だけを見て、見る人が感じ取って欲しいという作り手のこの映画へのこだわり、姿勢を強く感じます。
この映画はまた、独裁政権、軍事政権というものが、どのようなものかを生々しく、切実に感じさせます。自分を脅かす政敵には、拉致、逮捕、拘禁、そして不正な裁判と、権力を駆使して追い詰め、殺害も辞さない、自分の政権を守るためには、法を都合よく変え、戒厳令によって鎮圧と称して軍による虐殺をも行って弾圧を続けます。韓国ではそうした独裁政治が李承晩、朴正熙、全斗煥政権の時代と合わせて40年間も続き、その中で金大中は政治家として民主化を訴え続けるのですが、自身それによって4度も死の恐怖を味わうことになるのです。その凄さ、苛酷さが古いニュースフィルムの映像から伝わってきます。
映画はまた、とくに後半、民衆が勝ち得た民主主義とはどういうものか、日本のような上から降ってきた「民主主義」でなく、韓国の民主主義が、民衆が「命がけで勝ち取ったもの」であることをまざまざと見せつけてくれます。
そしてその中で、金大中という政治家がどのような役割を果たしていったのか、民衆の運動とともに歩んだ金大中がどのように強くなっていったのかが描かれます。
とくに強調されているのは、民衆とともに歩む、民衆の側に立っての政治をつらぬく信念です。彼の信念と確信は民衆に対する信頼にあったと言うことができるでしょう。
1980年、金大中の逮捕をきっかけに、民主主義の政治の実現を訴えた「光州事件」が起こります。その首謀者として死刑宣告を受けた金大中はアメリカに亡命、帰国後、自宅軟禁を解かれた後、光州を訪れます。その時に民衆の前で見せた彼の涙に全てが示されています。苦しみ悲しみを重ねた末、民衆とともに得た一体感です。
今、私たちも、予測不能な政治の動きに対して戸惑い、どうしたらよいかわからないという不安の中にいると言えます。そのことについて、この時期、この映画を作る中で知り得たこととして、ミン・ファンギ監督は次のように話しています。
「『金大中』の生涯を追っていくと、国民の民主主義に対する熱望、抑圧されてきた人々が自分たちの権利を主張し、より平等な世の中を作りたいという熱望が巨大な流れを作り、社会の変化を成し遂げたことを目撃することが出来ます。
金大中という政治家の成長は、民衆の絶対的な信頼と支持がなくては想像できないものでした。今では想像しがたいでしょうが、政治が未来へのビジョンを語り、それによって人々の熱望を引き出すことが出来た時代だったのです。この映画が大それたことができなくても、人々の心中の熱望は何なのか、望む世の中はどんなものなのか自らに質問し、そんな話を共有し討論できる仲間や、そのような政治家がいるのかを問うてみてほしいと思います。」(ミン・ファンギ監督インタビュー:映画パンフレットより)
「1台の車を売るより、1本の映画を売ろう!」、これは金大中大統領就任後のスローガンとして掲げたものだそうです。金大中さんが大統領であった時期に政策として映画製作への援助、振興、とくに人を育てることに力を入れたという話はすでに、前から聞いていました。そのおかげで私たちも上質な韓国の映画やドラマを楽しませてもらっています。同様に、金大中大統領の在任期間に、日本文化の開放が劇的に行われたので、この映画の監督自身もその時期に好きな日本映画を思う存分見ることが出来たことを感謝している、と語っています。そうした政策によって、それぞれの国で互いの国の、歴史や社会、文化についても随分イ
メージを豊かにもつことができました。
隣国の人々と、文化の交流を通して国と国とのパイプを大きくしていこうという政策は、北朝鮮に対しての友好的な道を探った金大中の姿勢とも一致、共通するところがあるといえるでしょう。
文化の交流やそれぞれの生活を知ることを通して、どこが同じで、どこが違うか、違って面白いと思うし、同じなんだと思って親しみを感じる、人としての共感や感動を味わうことが出来ます。私たちがもっともっと知り合うこと、その延長に「戦争をさせてはならない」という人々の力があることを、民主主義と平和の実現に全てをかけた政治家、金大中を描いたこの映画は教えてくれます。
【スタッフ】
監督:ミン・ファンギ
日本語版編集:平野一樹
日本版ナレーション:ソウジ・アライ
【主な出演者】
李承晩(イ・スンマン)
李姫鎬(イ・ヒホ)
張勉(チャン・ミョン)
金鐘泌(キム・ジョンピル)
朴正熙(パク・チョンヒ)
全斗煥(チョン・ドゥファン
金泳三(キム・ヨンサム)
2024年製作/129分/韓国映画/ドキュメンタリー
原題:길위에 김대중
英題:Kim Dae Jung on the Road
配給:スモモ
公式ホームページ:
予告編:
劇場情報:
ポレポレ東中野、横浜シネマリンで上映中、ほか中部、関西、求償・沖縄で順次上映