2023.02.20 オピニオン

平和構想を提言する

池尾靖志さん(平和構想研究会/立命館大学非常勤講師)



平和構想提言会議の立ち上げ 

 かねてより、ピースボートの川崎哲さんを中心に、「平和」の問題に取り組む運動家、ジャーナリスト、弁護士、研究者などが集まって情報や意見を交換する場をもっていた。2014年7月、安倍政権が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を前にして、同年5月、私たちは集団的自衛権問題研究会を立ち上げ、雑誌『世界』2014年7月号、8月号に「集団的自衛権 ―事実と論点(上)(下)」として発表した。その後、同研究会を引き継ぐ形で2021年10月、平和構想研究会を発足させて活動を続けてきた。ウクライナ戦争が起きると、『世界』臨時増刊(『ウクライナ侵略戦争 ―世界秩序の危機』2022年4月)に、研究会としての見解を公表した。
 政府が安全保障に関する「3文書」(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を改訂し、反撃能力と言い換えられた敵基地攻撃能力の保有を盛り込む内容であることが明らかとなると、これは看過することはできないとして、川崎哲さんに加えて青井未帆学習院大学教授を共同座長として、10月に平和構想提言会議を立ち上げた。これは、研究者、ジャーナリスト、NGO活動者ら有志が集い、政府が閣議決定しようとしている「国家安全保障戦略」に対置する「平和構想」について議論を重ねるものである。提言会議は、公開の研究会(2022年11月)を開催したのち、政府の閣議決定前日(同年12月15日)にも公開会議を開き、その場で「戦争ではなく平和の準備を ―“抑止力”で戦争は防げない―」と題する提言文書を発表した。この間、平和構想研究会はその事務局を務めた。
 ここでは、平和構想提言会議が取りまとめた文書を紹介したうえで、私がこれまで取り組んできた研究・実践活動の一端を紹介したい。

「戦争ではなく平和の準備を」 

 政府・与党は「3文書」の閣議決定に至るまで、殊更に「軍事力の増強が抑止になる」と主張し、軍拡による安全保障への備えを求める覚悟を国民に求めた。これは、具体的には、今後5年間で43兆円の財源を確保し、防衛費をこれまでの2倍以上にあたる「GDP(国内総生産)比2%以上」に増額すること、そのための増税を行うという内容である。しかし、政府の進める安全保障政策の結果、南西諸島への自衛隊配備が進められ、地対艦・地対空ミサイル部隊の配備によって、実際に攻撃対象となったときに住民避難は困難であるとして、シェルター建設に言及するなど、およそ、人々の安全を保障する状況にはない。ウクライナでの出来事がここアジアでも起き、中国による尖閣有事や台湾有事が日本有事につながると政府・与党やそれに同調するメディアが吹聴するものの、その根拠はどこにも見当たらない。むしろ、地域の
緊張を煽っているのは日本政府なのではないか。
 私たちは、何よりも、平和憲法に基づく専守防衛路線を大きく踏みにじるような出来事が、国会での議論を経ずに、単なる閣議決定によって行われようとしていること、立憲主義のもと私たちが政府に課しているはずの平和主義と民主主義の原則が公然と無視されていることを憂慮している。そして、改めて、軍拡のための「戦略」ではなく、平和のための「構想」こそが求められており、戦争の準備ではなく、平和の準備をしなければならないことを主張する。提言文書は▽憲法や安全保障関連の3文書改定などいま起きている事態、東アジアをめぐる情勢の捉え方、▽「国家安全保障戦略」改定の問題点、▽軍事力中心の考え方をどう転換するか、▽平和のために何をすべきか−今後の課題といった4項目で構成し、具体的な課題を列挙する中でも、とりわけ、平和的な共存関係を社会の中に作り出すことが、市民の果たすべき役割として重要であることを強調している。

「琉球孤」における自衛隊基地建設 

 私はこれまで、沖縄本島北部にある北部訓練場の「過半」の返還に伴って、ヘリパッドの「移設」という名の代替ヘリパッド建設を阻止しようとする東村高江の住民運動に、2007年の運動開始以来関わってきた。2016年12月、ヘリパッド建設工事が完了したとして、日米両政府によって返還式典が行われたものの、その後も突貫工事のツケが露呈し、完全に工事が終了したのは2020年7月31日であった。

 本土に住む人々が沖縄の「基地問題」としてすぐさま想起するのは名護市辺野古沖への埋め立て工事であるが、その傍にあって高江のヘリパッド建設工事が進んでいたのに加え、「琉球孤」に連なる島々では陸上自衛隊のミサイル部隊配備が進められようとしていた。これらの動きに多くの人たちは気づかずにきた。しかし、私はこの動きにも着目し、それぞれの島の中で抵抗運動や自分たちの意思を示そうとする住民投票を求める動きが起きると、これらの島々にも足を運ぶようになった。国家権力と対抗するためには、人々の連帯が欠かせないのだが、どうしても、それぞれの現場では孤立感に苛まれ、運動は停滞する。こうした状況を打開しようと考えたからである。

 南西諸島における自衛隊配備として、2016年3月、与那国島に陸上自衛隊与那国駐屯地が開設され、沿岸監視部隊が発足した。さらに、2019年3月には宮古島に陸上自衛隊宮古島駐屯地が開設され、警部部隊約380名、地対空/地対艦ミサイル部隊約330名が配備された。同月、奄美大島には、島の2か所に、陸上自衛隊奄美駐屯地と瀬戸内分屯地が開設された。奄美駐屯地には警備部隊と地対空ミサイル、瀬戸内分屯地には警備部隊と地対艦ミサイル弾薬庫などが配備された。現在、2022年度中に、石垣島に陸上自衛隊のミサイル部隊を配備するため建設工事が進められ、いよいよ、2023年3月にもミサイルと弾薬が搬入されようとしている。また、種子島の西方11キロに浮かぶ馬毛島でも、2023年1月12日、陸海空3つの揃った自衛隊基地の建設が始まった。

 

住民の暮らしを守る ―国民保護?― 

 2018年11月29日に開かれた衆議院安全保障委員会において、防衛省の内部文書「機動展開構想概案」が2012年に策定され、石垣島を想定した「島嶼奪回」作戦の検討を行っていた事実が明らかにされた。これは、あらかじめ2,000名の自衛隊が配備された石垣島に計4,500名の敵部隊が上陸し、島全体の6か所で戦車を含む戦闘が行われることを想定し、「(敵・味方の)どちらかの残存率が30%になるまで戦闘を実施」した場合、戦闘後の残存兵力数は自衛隊が538名、相手は2,091名で、相対的に我が方は劣勢であることが述べられている。また、その後、1個の空挺大隊、1個の普通科連隊から成る1,774名の増援を得て相手の残存部隊と戦闘を行うと、最終的な残存兵力数は自衛隊899名、相手は679名となり、相対的に我が方が優勢となると同文書は結論づける。

 ここでは、敵国がどことは明記されていないものの、尖閣諸島をめぐる有事が起きた場合、石垣島を舞台に戦闘の行われることが想定されていることに注目したい。自衛隊は、現在造成工事が進められている自衛隊基地には中距離地対空誘導弾や地対艦弾道弾、小銃迫撃砲の他、中距離多目的弾道弾の配備も想定していることが明らかとなっている。これは、高性能弾道弾を収めた発射装置を高機動車の荷台に積載したもので、有事の際にはミサイルを発射しながら島中を走り回ることになる。このとき、住民はどのような状況に置かれるのかは想像に難くない。

 有事のとき、国民をどのように避難させるのかを定めた「国民保護計画」の策定を都道府県や市町村に義務づけた国民保護法は2004年に成立した。その後、集団的自衛権の行使容認を定めた閣議決定を経て、2015年9月、平和安全法制関連2法が可決・成立し、国民保護法のなかの文言が「武力攻撃事態」と書き改められた。石垣市も国民保護計画を策定し、武力攻撃事態として「着上陸侵攻、ゲリラや特殊部隊による攻撃、弾道ミサイル攻撃、航空攻撃」の4類型を対象とし、有事の際には、住民はいったん島の中の避難施設に避難した後、空港や港から沖縄本島へ島外避難することが明記されている。

 実は、石垣市と宮古島市は国民保護計画に基づき、全市民の避難に必要な航空機の数や期間などを見積もっていた(『琉球新報』2022年6月20日電子版)。同記事によると、宮古島市、石垣市、いずれもの150人搭乗の航空機によって避難すると仮定した場合、宮古島は、住民363機、観光客18機の計381機が、石垣市の場合、竹富町民と観光客を合わせて65,300人を避難させるために必要な機体数は435機になるという。500人を運べるフェリーの場合、住民が109隻分、観光客が5隻分とのことである。しかし、本当に武力攻撃事態が起きたとき、果たしてこのような計画は役に立つわけはなく、政府は台湾有事に備えて、住民避難用のシェルターを整備する検討を始めたという(『沖縄タイムス』2022年9月16日電子版)。

 

地域の視点で「平和」を考える 

 安全保障の問題はとかく「国家」の視点で考えてしまう。安全保障は国家の専権事項であるとする主張を政府が行い、自治体もそれに同調することによって、地方分権が叫ばれる中にあっても、安全保障の分野に関する限り、地域の主体性が形骸化し、国家に従属する事態に陥っている。だが、そのような状況にあってもなお、政府と自治体とが対等な関係に立つとする地方分権の考え方に立つならば、住民たちの意思を表明し、それを政府に突きつけていくことは重要である。実際に、与那国町や石垣市では、住民投票の実施を呼びかける動きが起きた。
 だが、与那国町の場合は、すでに基地の造成工事が始まった後に住民投票が実施されたために、投票結果を工事の阻止につなげることができなかった。また、石垣市の場合、市長をはじめ、自衛隊基地建設に賛成する議員たちによる反対によって、住民投票を実施するための条例制定請求は叶わず、これとは別に、重要な事柄は自分達で決めようとして、現在の市長になる前に制定されていた自治基本条例は骨抜きにされてしまった。私たちは、巨大な国家権力によって孤立を余儀なくされる中で、軍事化の動きが加速していることに注意を払い、自分たちの足元でできることを行い、考えるべきことを考えなければならない時期に来ている。

※「平和構想提言会議」ホームページ


◆池尾靖志(いけお やすし)さんのプロフィール
1968年生まれ。立命館大学、龍谷大学、大谷大学など、京都と大阪の大学で非常勤講師をつとめる(平和学、国際関係論)。著書に『平和学をつくる』(晃洋書房)、『自治体の平和力』(岩波書店)など。