「世界難民の日」にむけて―日本の難民政策と入管法改正の問題点
安藤 由香里さん(大阪大学招へい教授)
1. はじめに
毎年6月20日は、難民の保護及び支援に対する世界的な関心を高め、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)等による活動に理解と支援を深める「世界難民の日」である※1。UNHCRが発行する「グローバル・トレンズ・レポート2022」で、2022年末時点で、紛争、迫害、暴力、人権侵害により避難を余儀なくされた人は、1億840万人を記録し、1年で1,910万人増、これまでで最大の増加となった※2。
日本では2023年6月9日に、難民の保護に逆行する入管法改正案が国会で可決された※3。参議院法務委員会の審議中※4、様々な人権侵害の問題が噴出したにもかかわらず強行採決がなされた※5。
人身の自由は、最も重要な権利のひとつである。自由権規約9条1項は「すべての者は、身体の自由及び安全についての権利を有する。何人も、恣意的に逮捕され又は収容されない。」そして、同条4項は「逮捕又は収容によって自由を奪われた者は、 裁判所がその収容が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその収容が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、 裁判所において手続をとる権利を有する。」とある。日本は残念ながら、入管収容について司法の介入がない。
ここで疑問としてあがってくるのが、日本はなぜこれほど外国人に不寛容なのかという疑問だ。学部1年生にその疑問を投げかけてみたところ、「日本のトップの人たちがここまでして難民に対して寛容になることができないのか、全くわからない。」「ずさんな立法事実や法案可決のプロセスはいかがなものか。」「日本国民の多くは今の実態を知らないのではないか。まずはこの実態を広く知らしめることが重要。」「この法改正は以前から国連に批判されていたように国際的にはよくないとみられているが、政府が強行採決したことで外交上不利益は生じないのか。」至極まっとうな疑問や意見である。こうした疑問を念頭に、日本の難民政策と入管法改正の問題点を検討する。
2. 日本の難民政策
日本は難民条約を締結しており、憲法98条2項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と定めているので誠実に実行する義務がある。難民認定手続は、第一次審査は難民調査官、第二次審査は難民審査参与員によって行われる。2023年5月時点で、難民調査官は421名、出身国情報を調査する専従職員は5名と言われている。難民審査参与員は111名である※6。第一次審査の難民認定率G7諸国比較表は以下である。
表1: 難民認定率G7比較
出所:https://asylumineurope.org/等から筆者作成
なぜ、ここまで日本の難民認定率は極端に少ないか疑問に思うだろう。その理由のひとつは「迫害」が狭く解釈されているからである。入管法2条の3の2は難民条約の難民定義を適用している。しかし、日本の裁判例の「迫害」は、「通常人において受忍し得ない苦痛をもたらす攻撃ないし圧迫であって、生命又は身体の自由の侵害又は抑圧を意味する」※7と踏襲され続けている※8。こうした間違った迫害解釈により、トルコ国籍のクルド人、ミャンマーのロヒンギャ等、G7諸国では難民認定を受けている者が日本では認定されていない。
また、一次審査で、弁護士等代理人の立合いが禁止されていることも要因である。難民申請者はひとりで難民調査官の審尋にのぞまなければならず、供述調書がどのように作成されているかは開示されていない。難民申請者は自分が難民であることを証明するために、どのようなことを言うべきかわかっていない者が多い。民事事件の本人訴訟では、専門家不在で論点が明確にならず、時間がかかるのと似ているのではないだろうか。論点を整理してくれる専門家を敢えて排除し、難民調査官の仕事をやりづらくすることは果たして合理的であろうか。出身国情報の収集は、入管庁の職員が担当しており、出身国情報の外部への開示はない。難民申請者の数に比して5名は十分であるとは言えない。出身国情報は刻々と変化し、外国語が堪能であることが必須であり、少数言語においては翻訳に時間とお金と労力がかかるが、人の命がかかっているのだから、慎重にならざるを得ない。
第二次審査の難民審査参与員には臨時班が存在し、臨時班が審査全体の20~25%の件数を担当していることが露呈した※9。こうした手続的不透明性が存在しており、日本で保護されるべき人が行政段階で保護されていなかった事例として、札幌高裁のトルコ国籍クルド人判決がある※10。司法判断で難民として認められた事例である。このような手続的不透明性は法改正されず、3回目以上の難民申請者を送還できるようにする法改正は、「生命又は自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ送還してはならない」ノン・ルフルマン原則に違反し得る。また、入管法53条3項に列挙されているノン・ルフルマン原則、難民条約33条(1号)、拷問等禁止条約3条(2号)、強制失踪条約16条1項(3号)にも違反し得る。今、多くの難民申請者が送還されるかもしれないと恐怖におびえている※11。
3. 入管法改正案に対する国連人権理事会の特別報告者らの声明
2023年入管法改正案は、2021年入管法改正案の骨子とほぼ変わっていない。送還停止効の例外の創設、補完的保護の創設、管理措置制度の創設、送還忌避罪の創設であり、以下は、入管法改正案の経緯である。
表2: 入管法改正案の経緯
出所:筆者作成
UNHCR及び特別報告者らは送還停止効の例外が、ノン・ルフルマン原則に違反し得ると懸念している※12。送還停止効とは、入管法61条の2の6(退去強制手続との関係)3項「難民認定申請をした在留資格未取得外国人…送還を停止する」で、2004年改正入管法で「難民認定申請中の者の法的地位の安定化を図るため」に創設された重要な規定である。
また、2022年11月30日の第7回日本政府報告審査に対する自由権規約委員会の総括所見では、難民・移民等外国人の処遇について日本に対し、
(b) 適切な医療アクセス等の収容施設内での処遇について国際基準にそった改善計画の策定等移民が不当な取扱いにあわないようにあらゆる適切な措置をとること。
(d) ノン・ルフルマン原則を実務で尊重し、国際保護を申請するすべての者に独立した司法の異議申立制度へのアクセスがあり、異議の結果が出るまで退去強制が停止することを保障すること。
(e) 入管収容期間の上限を導入する措置をとり、収容代替措置を提供し、既存の代替手段を十分に検討しても困難な場合のみ、収容は最低限に適切な期間のみ許容される最後の手段である。収容の合法性を裁判所が決定する効果的な手続を移民に可能にすること等を勧告した※13。
2023年1月31日の国連人権理事会の日本普遍的定期審査でも、難民及び移民の処遇が問題とされ、特に入管収容施設での医療アクセスの問題が指摘された※14。
人身の自由を奪われた入管施設内での医療アクセスの保障は、当然に管理者の責務である。ウィシュマさんのような死亡事件が起こることは絶対あってはならない。そのあってはならないことの再発防止策として、2022年2月に有識者の提言が出された※15。その中に常勤医師の確保があり、大阪入管は2022年7月から常勤医が1名勤務していたが、勤務中にアルコール摂取していたことが発覚し、常勤医は診療から外されていることが露呈した※16。
以下は現行法における各国の重要事項の比較である。
表3 : 各国比較
出所:各国難民認定権者からの聞き取りにより筆者作成
4. おわりに
以上のように、難民認定の手続的不透明性は早急に改善が必要である。そして、憲法98条2項の要請によって、難民条約、自由権規約をはじめとする日本が締結した国際人権条約を誠実に遵守する責務を日本政府は負っている。
人身の自由は、基本的人権であり、在留資格の有無にかかわらず、守られるべき権利である。しかし、合法的に制限できる状況もあり得る。その場合は、法が個人及び政府の双方によって遵守されることを保証し、恣意的に人身の自由が奪われることのないように、司法アクセスが重要となる。そして、収容の合法性判断だけでなく、必要性と比例性の観点から公正な判断を保障する法改正が必要である※17。
※1 https://www.unhcr.org/jp/wrd
※2 https://www.unhcr.org/jp/53315-pr-230614.html
※3 2023年6月9日参議院本会議(https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php)
※4 例えば、2023年5月23日、25日参議院法務委員会参考人の発言、2023年5月30日、6月1日、参議院法務委員会
(https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php)
※5 2023年6月8日参議院法務委員会(https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php)
※6 https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/nyuukokukanri08_00009.html
※7 最初の裁判例は、東京地判平成元年7月5日、昭和62年(行ウ)第88号、90~92号、難民不認定処分取消請求事件の理由二。行政事件裁判例集40巻7号920頁。
※8 例えば、東京地判令和4年3月25日、令和3年(行ウ)第159号、難民不認定処分取消請求事件の第3 当裁判所の判断の1 難民の意義等。
※9 https://www.tokyo-np.co.jp/article/253697
※10 札幌高判令和4年5月20日。北村泰三「トルコ国籍クルド人の難民該当性を認容した判決」
http://lex.lawlibrary.jp/commentary/pdf/z18817009-00-090522278_tkc.pdf
※11 https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20230614/1000093832.html
※12 入管法改正法案に関する国連移住者の人権に関する特別報告者、恣意的拘禁作業部会、思想信条の自由に関する特別報告者、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰に関する特別報告者の共同声明 (OL JPN 3/2021) 2021年3月31日、出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案(第204回国会提出)に関する国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の見解(2021年4月9日)、移住者の人権に関する特別報告者、恣意的拘禁作業部会及び宗教または信条の自由に関する特別報告者共同書簡(OL JPN 1/2023 )2023 年 4 月 18 日
※13 CCPR/C/JPN/CO/7, 30 November 2022, para.33.
※14 https://media.un.org/en/asset/k19/k195p01dfh
※15 https://www.moj.go.jp/isa/policies/policies/yushikisha.html
※16 2023年6月6日参議院法務委員会(https://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php)
※17 IARMJ Detention Working Party “Report on the Use of Immigration Detention across Jurisdictions” 25 April 2023(https://www.iarmj.org/en/component/edocman/detention-working-party-paper-april-2023/download?Itemid=)
◆安藤 由香里(あんどう ゆかり)さんのプロフィール
大阪大学招へい教授、専門は国際人権法・難民法。著書に『ノン・ルフルマン原則と外国人の退去強制:マクリーン事件「特別の条約」の役割』信山社、2022年等がある。