「研究室利用権侵害訴訟」

西野裕貴さん(福岡城南法律事務所 弁護士)



1 事案の概要

 本件は、学校法人梅光学院(以下「被告」といいます。)が、原告らを含む専任教員の個人研究室(広さが約10㎡、書籍等を保管できる十分なスペースがあり、自由に人が出入りすることなく、静かで機密性が保たれていた)が設けられていた「東館」と呼ばれる校舎を廃止し、「クロスライト」あるいは「北館」と呼ばれる校舎(以下「本件校舎」といいます。※本件校舎の内容は私たちは裁判をすることにしました(laboratoryl2021321.wixsite.com)をご参照ください。)を新築した際、個人研究室の代替として本件校舎の1階に共同研究室と呼称されるスペース(以下「本件スペース」といいます。)を設置した(以下、個人研究室を廃止して本件スペースを設置した一連の行為を「本件行為」といいます。)ところ、本件スペースは、専任教員以外の職員や学生等が自由に出入りできるため静謐な環境ではなく秘密性も保たれないこと、研究に必要な書籍・機材等を保管する十分なスペースがないこと、そして、フリーアドレスであることなどから、研究執務に専念でき、また、学生の教育上の観点からも適切な環境(以下「本件研究教育環境」といいます。)が確保されていないため、原告らが、本件行為により、本件研究教育環境が確保された研究室を利用する権利ないし利益が違法に侵害されたとして、主位的に債務不履行に基づき、予備的に不法行為に基づき損害賠償を請求した事案です。
 地裁判決及び控訴審判決は、いずれも同請求を棄却したため、原告らは、上告及び上告受理申立てをしました。

 

2 地裁判決及び高裁判決の内容

 両判決は「原告らと被告との間の雇用契約において、被告が原告らに被告大学の研究室を利用させることが、被告の付随義務となっていると解される」としながら、「被告は、前記の付随義務の履行として、どのような研究室を設置し、どのように教員に割り当てて利用させるかについて、相当に広い裁量を有していると解するのが相当である。」として、本件事実関係のもとでは「被告の裁量を逸脱するほどに、原告らが被告大学の専任教員として行う研究及び教育に支障を生じさせるものとはいえない。」と判断しました。
 両判決の問題点は、本件が学問の自由(憲法23条)と密接に関連する事案であるにもかかわらず、雇用契約の付随義務(以下「本件義務」といいます。)の内容を解釈するにあたり、学問の自由やこれを具体化した教育基本法や大学設置基準の趣旨を踏まえていない点にあります。

 

3 本件訴訟がもつ憲法上の意義

(1)憲法23条と大学法制
 本件では、憲法学がご専門で、とりわけ、学問の自由を研究されている曽我部真裕京都大学大学院法学研究科教授、堀口悟郎岡山大学学術研究院社会文化科学学域(法学系)教授からご意見をいただきました。その要旨を踏まえつつ、本件訴訟がもつ憲法上の意義を述べると次のとおりとなります。
 学問の自由は、何よりも大学設置者が使用者として有する諸権能からの自由を意味すると解されており、大学設置者たる学校法人が使用者として有する諸権能の行使により、労働者たる大学教員の研究教育活動に支障が生じるという本件はまさに学問の自由の「本領」というべき場面です。
 憲法23条に特有の意義は「学問の自由に公的側面があることを認め、学問共同体の公的価値と自律性を特別に承認することにある」、「〔個人の学問の自由の保障よりも〕学問共同体の自律性の保障の方が本質的である」とする指摘に代表される、学問共同体に着目する議論です。
 以上のような憲法23条の理解に基づき、国家は学問の自由の守護者たるべき存在であり、「国家には、自由な学問が営まれうるような組織・制度を構築する義務が課されている」ものと解されます(例えば、学問研究の多くは経済的な自由市場において成立するものではないため、国家が学問研究の場を設営することが憲法23条により求められます。)。実際に、国家はこのような義務に基づいて、学問の自由を確保するための大学法制を構築しています。
 大学法制の基盤をなすのは、大学の役割や基本理念等を定めた教育基本法7条です。特に同条2項の「教育と研究の特性」の一例として「教育と研究の一体性」があり、大学における教育はあくまでも研究のうえに成り立つものであって、研究から切り離された教育はもはや「大学教育」と呼ぶに値せず教育基本法7条2項の要請に反します。
 また、大学では、専任教員に対して研究を必ず備えることを求めており、文部科学省は、研究について「研究に専念できる環境でなければならず、また、オフィスアワーに適切に対応できること等、学生の教育上の観点からも適切な設備であることが必要」という見解を示しています。梅光学院大学も「大学」である以上、大学設置基準を充たさなければなりません。


 (2)地裁判決及び高裁判決に対する憲法23条の視点からの批判
 地裁判決及び高裁判決は、研究室の設置利用に関する相当に広い裁量を認めるにあたって、その理由について(ア)「研究室の用途や設備は、それを利用する教員の研究内容によって種々多様であり」、(イ)「私立の学校法人においては、どのような研究室を設置するかの決定に際し、予算、既存設備、敷地、学生数、教員数、経営戦略、教育方針等の要素を考慮する必要がある」ことの2点を述べました。
 もっとも、(ア)に対しては、憲法23条の学問の自由や教育基本法等の法令を踏まえれば、むしろ研究内容に適した研究室を設置すべきであるという要請に結びつく事情であるといえます。
 また、(イ)については、およそ大学は学問研究の場として設けられるものであるため、教育に力点を置く大学であっても、大学である以上は学問研究の場としての性格を放棄するような制度設計は許されません。現行法令を見ても、大学設置基準は大学の類型化をしていません。そして、学問共同体という観点からは、教育中心の大学から研究中心の大学に研究者が移籍することも多く見られ、それが学問共同体の裾野の広さを支えています。前者において研究活動が困難なものになると、学問共同体そのものがやせ細ることになります。したがって、教育を中心とする私立大学であっても、研究室設置義務に関して研究を中心とする国立大学と異なる考え方が妥当するということはなく、研究(と教育)に専念することが可能な仕様を備えた研究室の設置が求められます。経営戦略や教育方針等を考慮する必要があるから研究室等の研究環境を後退させてもよいと解することは、大学設置者の経営的判断によって研究教育環境が害されることを抑止するという大学法制全体の趣旨や「教育と研究の一体性」という教育基本法7条2項の要請にも反しています。

 

4 今後の展望

 本件事実関係のもとにおいて裁量逸脱がないとの判断が是認されれば、日本全体における大学の専任教員の研究・教育環境が悪化し、学問の衰退が強く懸念されます。最高裁で判断が変更され、学問が充実するような判決及び判決理由が示されることを望んでいます。

 

 


◆西野裕貴(にしの ゆうき)さんのプロフィール
2012年3月 九州大学法科大学院修了
2012年9月 司法試験合格
2013年12月 弁護士登録(66期)
福岡城南法律事務所所属。福岡県弁護士会所属。
日本労働弁護団、九州労働弁護団、日本過労死弁護団等に所属。
2024年5月1日から九州のトラックドライバー対象 LINEで「労働条件相談所」の運営を開始した。