連載 デジタル社会と憲法 第5回「刑事捜査のデジタル化」
小西葉子さん(高知大学教育研究部助教)
キーワード 憲法31条、憲法35条、捜査、刑事訴訟、越境データ
はじめに
デジタル化した社会においても、刑事捜査において「刑事の勘」が重要な役割を果たすことは変わらない。しかし、実際に足を動かして尾行や監視を行うことに代わる技術的な手段の活用が、どこまで/どんなかたちで認められるかは、大きな課題である。
2017年、最高裁判所大法廷は、GPSを用いた捜査について一つの判決を下した(最大判平29・3・15刑集71巻3号13頁)。この判決において、最高裁判所は、「個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる」と判断した。
日本の判例においては、「個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない」捜査手法は強制処分と解されており※1、「憲法31条のもと、刑事訴訟法に『特別の定』が要求される」ことになるのだが※2、次々に登場する技術的手段を用いた捜査手法が強制処分にあたるかどうかは判断が難しく、捜査の実務においても裁判においても混乱が見られる。
それだけではない。ある技術的手段を用いた捜査が強制処分にあたるとしても、その技術的手段をどのように活用するのであれば法的に許容されるのか、という点は、大きな問題となっている。ここでは特に、現代において不可避のものとなっている国境を越えた通信データの取得を題材として、「刑事捜査のデジタル化」という問題の一端に触れたい。
国境を越えた通信における刑事捜査の困難
合理的な疑いを容れない程度に犯罪を証明する根拠を探し求める捜査において、証拠となり得る物を取得する捜索・押収は、重要な手段である。極めて多くの犯罪に電子機器が用いられるようになった現代においては、特にインターネットを通じてやり取りされた通信データの捜索・押収を避けて通ることはできない。
しかし、インターネットを通じた通信は、瞬時に国境を越えてしまう。だからこそ私たちは、地球の裏側の人とオンタイムでつながることができるのだが、その「便利さ」は、現代の刑事捜査に重大な問題を突きつけている。国境を越えた通信において、発生した犯罪や犯罪の端緒の捜査がどこまで可能なのだろうか? 他国からインターネットを通じて発信されたデータや、日本から発信されて他国において保存されているデータを取得し、自国の刑事訴訟において証拠として用いることが認められるのだろうか?
これらの問題の根幹は、グローバル化の進展がもたらす「国家の枠組を超えた経済的・社会的・文化的な相互作用」の強化※3に結び付いた実際の犯罪との関係で、主権者による刑罰権の独占の在り方が、従来通りには機能しなくなっているという点と関係する。
捜査の先には、捜査により得られた証拠に基づいた起訴、裁判、そして暴力を独占する国家による刑罰権の行使が待っているのであり、主権国家の概念が現実に失われていない以上、いかなる行為が処罰の対象となるのか、捜査の対象となるのかは、基本的に各国家が決定する事項でなければならない。その意味で、本来、国際的な捜査権限は限定されていなければならないのだが、犯罪を行う側にとってはそんなことは関係がない。犯罪を行う側から見れば、国際的な捜査権限が限定されていればいるほど、罰せられるリスクを回避する抜け道が増えて、好都合である。各国において犯罪を捜査する機関は、国家機関として、必然的に「国」という単位に紐づけられているが、犯罪を行う側はそうではないのだ。
もちろんこのような犯罪を行う者(あるいは行おうとする者)の思惑が放置されているわけではなく、対抗手段はとられている。一般的には国を超えた犯罪捜査の協力(司法共助)が行われているし、後述のとおり「サイバー犯罪に関する条約」の締約国間では一定の対応が許容されてもいる。また欧州域内では国境を越えた情報収集を行うための共同体や協定が存在する※4。しかし、これらの対抗手段が必ずしも十分なものといえるのか、あるいはこれらの対抗手段が国際法上は許容されうるとしても国内法の観点から見て違法性はないのか、といった点は、未だ論争的である。
越境するデータとアクセス遮断
2021年、最高裁判所は、海外サーバーに蓄積されたデータの国内における犯罪捜査目的での取得について、一つの決定を下した(最大決令3・2・1刑集75巻2号123頁)。最高裁判所は、(ア)刑事訴訟法99条2項及び218条2項※5の文言、(イ)(ア)が「サイバー犯罪に関する条約」を締結するための法整備の一環として制定されたこと、(ウ)権限のある者の任意の同意を条件として、条約締約国間では相手国の同意なしに越境データの取得を可能とする条約32条の規定内容等に照らし、刑事訴訟法が、「上記各規定に基づく日本国内にある記録媒体を対象とするリモートアクセス等のみを想定しているとは解されず、電磁的記録を保管した記録媒体が同条約〔筆者注記:サイバー犯罪に関する条約〕の締約国に所在し、同記録を開示する正当な権限を有する者の合法的かつ任意の同意がある場合に、国際捜査共助によることなく同記録媒体へのリモートアクセス及び同記録の複写を行うことは許される」と判断した。
本決定の問題点は多岐にわたるが、ここでは本企画に深く関連する課題を、2つ挙げておきたい。
ひとつは、サーバーが置かれた国の主権が脅かされる可能性がある、という問題である。主権が脅かされるということは、主権のもとで制定された他国の法秩序そのものが、不当に脅かされるリスクがあるということを意味する。各国が持つ法秩序は、その国の歴史や文化に根差して、実際にその国に生きる主権者(民主主義国家ならば、各国の国民)により決定されているものであるから、他国がみだりにその主権の範疇に立ち入ることはできないことは、極めて重要な法原則である。
だからこそ「サイバー犯罪に関する条約」が締結されたのだが、本決定においては、手続の一部について「関係者の任意の承諾に基づくものとは認められないから、任意捜査として適法であるとはいえず、上記条約32条が規定する場合に該当するともいえない」としながら、令状の記載内容やデータ取得の態様といった専ら国内の刑事捜査に関する判断基準に基づき、同手続に「重大な違法があるということはできない」という認定に至っている。
この点については、最高裁判所調査官による解説においても、本決定が「国際捜査共助によらず、当該外国の同意やサイバー犯罪条約等にも基づかない場合には、主権侵害となる可能性があること、主権侵害があったと認められる場合には、国際法上だけでなく、国内法(刑訴法)上も違法と評価され得ることを前提としているものと理解することが可能」であると指摘されているとおり※6、本来であれば主権侵害という国際法上の問題について論じ、更に国際法上の違法性が国内法上どのように評価されるべきか丁寧に論ずべきところ、そのような構成が採用されていないことに重大な問題がある※7。
もうひとつは刑事手続の枠組みを超えるものだが、プロバイダ側から見てセキュリティ上のリスクがある、という問題がある※8。プロバイダが行っている活動はビジネスである以上、コストよりも利益が上回らなければ、事業を継続できない。近年では実際に、公権力の行使の在り方や、公権力の行使の権限を基礎づける各種法令のため、プロバイダ側がサービスの提供にメリットがないと感じ、市場から撤退する例が見られる。例えば2022年4月6日以降、欧州経済領域(EEA)及びイギリスからYahoo!JAPANへのアクセスができなくなったが※9、その理由は「コストの観点で、欧州の法令順守を徹底するのが難しくなったため」であると報道されている※10。
おわりに
国内の刑事捜査における適正手続の保障は、後続する刑事訴訟手続と、国家の刑罰権の行使による権利侵害の性質や強度を念頭に置いて理解されなければならない。技術的手段を使うことにより、その権利侵害の性質や強度がどう変わるのか(又は変わらないのか)、これまでになかったいかなる法的課題が生じ得るのか、という問題は、技術的手段の「便利さ」と表裏一体の関係を成している。
ただし、ここでは敢えて、「技術的な問題を軽視しすぎても、囚われすぎても、本質を見失う」ことについて、警鐘を鳴らしておきたい。
例えば、本稿における本質とは、一方では権力による不当な人権侵害(これには主権侵害を経由した他国からの人権侵害の可能性も含む)を、断固として拒否しながら、他方では市民の生命・身体を危険から守るための権限行使として、国家機関が適切な捜査を実施できる法制度を探究する、ということであった。
対象となる技術的手段の理解を深めることは、「デジタル社会と憲法」を考えるすべての法学徒にとって、自らの探究の一助であり、決して軽視してはならないものである。しかしながら、探究の本質は、「デジタル社会」の構成要素たる技術的手段ではなく、私たち「血の通った人間」と、その人間を取り巻く法制度に置かれていることを、我々は常に強く意識しておかなければならない。「血の通った人間」は、「デジタル社会」において、意外と変化していないのかもしれないし、大きく変化しているのかもしれない。同時代を生きることしかできない私たちにとって、その変化の有無や多寡を教えてくれるのは、過ぎ去った時代の書物である。「デジタル社会」がもたらす矛盾や軋轢を紐解くために必要なものは、一つではない。
*本稿に関連する筆者の研究は、JSPS科研費 JP22K18255の助成を受けて行われている。
※1 最判昭51・3・16刑集30巻2号187頁。
※2 大澤裕「強制処分と任意処分の限界」井上正仁=大澤裕=川出敏裕編『刑事訴訟法判例百選(第10版)』(有斐閣・2017)5頁。
※3 瀧川裕英『国家の哲学』(東京大学出版会・2017)2頁参照。
※4 小西葉子「国際司法共助により得た証拠の刑事手続における使用と憲法上の権利」高知大学学術研究報告第70巻(2021)129頁参照。
※5 刑事訴訟法99条2項は裁判所による電子計算機の差押え、218条2項は検察官、検察事務官又は司法警察職員による電子計算機の差押えについて定める。
※6 吉戒純一「判解」ジュリスト1562号(2021)103頁。
※7 斎藤司「最高裁判所令和3年2月1日決定の論理と越境捜索」Law and Technology No.93(2021)45頁以下は、「主権侵害という国際法上の違法が刑訴法上の違法とどのように関係すると考えているのか」という点について複数の理解がありうることを示すが、それは「主権侵害について言及がない」ことにより生じた混乱を象徴するともいえる。この点、吉戒・前掲注6)104頁は、越境データへのアクセスについての議論がさまざまであることから、最高裁判所が「現段階において、包括的、一般的な基準を定立することは避けるのが相当であると判断されたものと推察」する。裁判所も、難しい立場に置かれていることが読み取れる。
※8 この点、指宿信「最高裁判所決定の背景と問題の所在」Law and Technology No.93(2021)34頁は、こうしたアクセス行為が「領域主権の問題のみならず、サーバ蔵置国からするとセキュリティの問題ととらえられ」ると指摘する。
※9 https://privacy.yahoo.co.jp/notice/globalaccess.html、最終閲覧日2022年9月1日。
※10 日本経済新聞2022年2月1日(最終閲覧日2022年9月1日)。GDPRやデジタルサービス法案の影響が示唆されている。
◆小西 葉子(こにし ようこ)さんのプロフィール
高知大学教育研究部助教。一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。主な論文に、「プラットフォーマーから刑事訴追機関への情報提供の法的課題」情報通信政策研究第5巻第2号(2022)、「プラットフォームを支えるビッグデータと公共圏」情報法制研究第8号(2020)、「暗号化通信の傍受に関する憲法上の課題」Nextcom Vol.42(2020)[以上、すべて公募論文]がある。