連載 デジタル社会と憲法 第15回「地方行政のデジタル化」

横堀あき さん(北海道教育大学教育学部札幌校講師)



キーワード:憲法92条 地方自治の本旨 団体自治 国と地方公共団体との適切な役割分担

 

はじめに

 地方公共団体が大型汎用コンピュータを始めとする情報システムを業務に利用したのは、1960年代以降と言われる。したがって地方公共団体の情報化の歴史は長く、2000年前後には情報化の推進が要請された。しかしながら、新型コロナウイルス感染症で指摘された「デジタル敗戦」の一例として地方公共団体のアナログ対応が挙げられ、このようなデジタル化の遅れは、日本社会停滞の一因とすらされた。
 昨今のスローガンである「地方行政のデジタル化」は、第32次地方制度調査会の「2040年頃から逆算し顕在化する諸課題に対応するために必要な地方行政体制のあり方等に関する答申」(2020年)に掲げられた。近年のデジタル化は、地方公共団体の自主的な取り組みとしてではなく、国が音頭をとり推進する点に特徴がある。期限の問題や人材等種々の懸念も示されているものの、昨今の社会情勢やデジタル技術の進展・普及に鑑み、国として本腰を入れざるを得なくなった、というところではないだろうか。
 2021年5月12日成立のデジタル改革関連6法では、「2000個」とも言われた個人情報保護条例の「リセット」や法的義務としての情報システムの標準化・共同化、かかる標準化をデジタル庁が推進すること等が盛り込まれた。これらの内容は、地方公共団体の事務のあり方そのものに極めて大きな影響を及ぼし得、一連の地方分権改革の成果とも衝突し得る点で問題となり得る。

 

デジタル化の必要性と地方公共団体側の姿勢

 確かに、地方公共団体側も地方行政のデジタル化について総論賛成とされる。2040年頃にかけての更なる行政需要の増大や地方公務員のなり手不足等、地方公共団体を取り巻く環境は厳しさを増すと予測され、業務の効率化は避けられない。デジタル・デバイドを避けつつ、窓口等の人が対応する必要のある行政サービスへの注力は必須である。
 しかしながら現在進められているデジタル化には集権的側面が認められ、地方自治の本旨、特に団体自治への制約になり得る旨懸念が表明されている※1。これは、現在推進されているデジタル化が、1段階目の「地方行政における事務処理のデジタイゼーション」だけでなく、2段階目の「地方行政そのもののデジタライゼーション……を目的と〔し〕」、最終的に、3段階目の「組織そのもののあり方の変革」を意味する自治体DXをも要請するからである※2。地方行政のデジタル化が地方自治の本質を変容させるという指摘や、国と地方公共団体の関係を中央集権的に再編するといった懸念※3には、相応の理由がある。

 

デジタル化の具体的内容

 地方行政のデジタル化に関しては様々な計画や閣議決定等があり、内容は多岐に渡る。地方行政のデジタル化に関する大枠は2020年の「デジタル・ガバメント実行計画」(閣議決定)等で決定され、これを受け総務省が「自治体デジタル・トランスフォーメーション(DX)推進計画」や各種手順書等を策定した。「推進計画」では、自治体の情報システムの標準化・共通化、マイナンバーカードの普及促進、自治体の行政手続のオンライン化、自治体のAI・RPAの利用促進等6項目が重点取組事項とされた(2020年版10頁、2022年【第2.0版】13頁)。かように、地方行政のデジタル化は最終的にAI等の利用をも視野に入れた改革であり、地方自治の正当化根拠すら脅かす力を秘めている※4が、本稿ではその前段階として、地方公共団体の情報システムの標準化をテーマに、地方行政のデジタル化が憲法上の地方自治規定と法的にいかなる関係にあるのか検討する。

 

標準化とは何か

 地方公共団体は、情報システムを部署ごとに―多くは規模や独自施策のためカスタマイズしつつ―発注・利用し、業務を遂行する。先に述べたデジタル改革関連6法の1つである「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」(以下、「標準化法」)は、住民の利便性向上と地方公共団体の行政運営効率化を目的に制定された(1条)。同法は「地方公共団体情報システム」の「機能等」の標準化、すなわち、情報を出力する際の書面の様式や情報システム上用いられる用語等について、「統一的な基準に適合した地方公共団体情報システムを地方公共団体が利用すること」を要請する(2条)。対象となる事務は政令で規定され(同条1項)、標準化推進の基本方針は政府が全国的連合組織その他の関係者の意見を聴取しながら閣議で決定する(5条)。
 標準化対象事務に関して地方公共団体情報システムに必要な機能等については、所管大臣が政令で標準化のために必要な基準として定める(6条1項、「標準化基準」)。その際大臣は「地方公共団体その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講じなければならない」(同条3項)。そして例えば用語や符号、サイバーセキュリティ等についてのように、各地方公共団体情報システムを標準化するために必要な基準も、同様の措置を講じた上で内閣総理大臣および総務大臣がデジタル庁令や総務省令で定める(7条)。地方公共団体はこれらの基準に適合したシステムを利用する義務を負う(8条1項)。なお、地方公共団体は標準化対象事務に基づいた独自の施策を行う場合がある(所得や子の年齢に応じた国民健康保険料減免措置等)。独自施策の実施には地方公共団体情報システムを改変すること等の手法が採用され得るが、標準化法はかかる場合、情報システムの利用が効率的である場合で互換性が確保される場合に限り、「当該事務を処理するため必要な最小限度の改変又は追加」を認める(同条2項)。
 標準化対象事務は児童手当、子ども・子育て支援、住民基本台帳、戸籍の附票等の20業務である。これらは基幹業務と言われ、地方公共団体の裁量が少ないとされるものの、自治事務・法定受託事務のいずれも含まれ、地方行政遂行の基盤となる重要なデータを含む。なお、対象となる事務の選定プロセスは明らかではない。

憲法第8章解釈と標準化の関係?

 地方公共団体の情報システムを標準化し、住民の利便性や行政効率を向上させることには意義があろう。しかしながら、周知の通り、通説は地方自治の本旨を住民自治と団体自治と解しているところ、国が標準とした情報システムの関係で独自施策を断念する場面※5や、情報システムのカスタマイズで発生する費用の補助を行わない等の財政誘導がなされる場面では、団体自治が損なわれる可能性がある。そのため、標準化が団体自治の制約となる面があるとの指摘や、標準化するとしても地方自治や団体自治に配慮すべきとの指摘が示されている。ところが従来の憲法学での議論状況では、かかる問題に対し有効な処方箋を出すためには、なお課題が山積している。
 憲法上の地方自治規定は制度的保障と解され、地方自治制度の本質的内容の侵害により初めて違憲となる。それでは上記場面は地方自治制度の本質的内容が侵害されていると評価できるのか。現時点でこれらの場面が本質的内容を侵害するか否かの評価は難しい。
 地方自治法は、「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」と規定する(1条の2第1項)。地方公共団体が地域の実情にあわせて住民の福祉を増進するための独自の施策を講ずることは、まさに地方公共団体の面目躍如たる場面である。地方公共団体の権能という観点からは、地方公共団体が自ら遂行する事務を決め、遂行することは、自主行政権(自治行政権)の行使と解される。しかし、独自施策がおよそ不可能である場合はともかく、ある独自施策が断念されたからといって、それが本質的内容を侵害するかどうか判断するためには、現状では自主行政権の議論が十分蓄積されていない。自治事務・法定受託事務といった現行の事務区分論・国の関与のあり方の議論と自主行政権の関係を議論した上で、更に標準化対象事務について検討する必要があろう。また、地方公共団体情報システムのカスタマイズに必要な費用を補助しないという財政誘導のあり方についても、国による地方公共団体の財政誘導の問題の事例として検討する余地がある。財政は政策誘導のための措置として用いられており、従来十分に議論されてこなかった。しかし標準化法では、独自施策という地方自治制度の正当化理由に関係する場面で財政誘導が行われる可能性があり、国と地方公共団体の関係として、慎重に検討すべきではないだろうか。このような点も今後、自主行政権(・財政権)保障の新たなあり方として、検討する必要がある。
 なお、憲法92条解釈として、住民自治や団体自治に加え、補完性原理や「適切な役割分担」の原則(地方自治法2条11項・12項)を読み込むべきとする議論が提示されている※6。憲法92条の新たな内容の検討は他日を期するほかないものの、仮にこれらを憲法の規範的内容として読み込むとしても、標準化についての主導的役割を国が担うべきか否かという解釈上の問題はなお残る※7。

 

今後の課題

 本稿で扱った標準化法の問題点は、法的議論の―文字通りの―入口を扱ったに過ぎない。第32次地方制度調査会の答申や各種法令では当然の前提とされているはずである。
 確かに、近年のデジタル化の特徴が「横軸を通す」※8ことで地方自治を変容させ得ることにあるならば、デジタル化による変容は、新たな技術による国・地方関係や統治のあり方の変容と評価し得る。そうであれば、新たな統治のあり方にかかる法的議論を検討する必要がある。しかしながら標準化に関して生じている問題は、国・地方の関係について従来積み残されていた課題にも関係している。かかる課題の精算もまた、必要なのではないだろうか。地方自治を尊重した今後の国・地方関係を考えるにあたり、この点も十分に意識しなければならない。
 具体的には例えば、国を縛る指針として地方自治の本旨の内容を精緻化する必要があろう。先に見た「役割分担」の規定は、第1次地方分権改革で新たに規定されたものの、憲法規範に含まれるか明らかではなく、立法府に対する法的拘束力があるとは考えられていない※9。行政だけでなく立法についても憲法による拘束があるとされるのだから、その手法として検討されていた議論―補完性原理や「国と地方公共団体との適切な役割分担」の原則と憲法の関係、「地方政府基本法」といった法規範の模索、国政参加という「本旨」保障のための事前の手続保障等―を参照すべきではないか。各種制度や歴史に遡って、今一度指導原理としての「本旨」解釈を試みるべきである。「『地方自治の本旨』の観念は、地方自治制度の歴史的発展、憲法がこのような規定を設けるに至った趣旨及び目的、現代国家における国家と地方自治との関係を考慮して、個別的・具体的に判定しなくてはなら〔ず〕」、かかる保障は「93条及び94条に具体的に示されている制度又は権能の本質的内容にだけ及ぶものではな〔い〕」※10。一見遠回りに思われる上、時間的余裕も残されていないものの、かかる作業が標準化法やデジタル化の法的議論の検討にも有用であろう。
 本稿では団体自治の観点から標準化法を検討するために必要な論点の一部を整理したに過ぎない。デジタル化が地方自治に与える影響という懸念は、結局のところ、統治機構のあり方や統治の技術の変容―法治主義の形骸化(庄村勇人)、「法からコードへ」(小塚荘一郎)―にも関わるように思われ、更なる探究が必要である。
 第33次地方制度調査会では改めて、デジタル化等も踏まえた国と地方公共団体の関係が議論されている。「増田レポート」など、地方公共団体が2040年頃にかけて更なる苦境に立たされることは度々指摘されてきた。第32次地方制度調査会の前身である自治体戦略2040構想研究会の座長代理牧原出教授は、地方行政のデジタル化は圏域連携と結びついていると述べる。地方公共団体の直面する課題やデジタル化により、地方自治制度が抜本的に改革される可能性もある。残された時間で、現実から遊離せず、かつ引き摺られることがないような、憲法第8章の規範的意義を探究する必要がある。

※1 団体自治の観点からの懸念を指摘する先行研究は多数存在する。まず参照、庄村勇人「自治体行政のデジタル化と地方自治」自研99巻3号(2023年)3頁以下。標準化については他に、日弁連「地方公共団体における情報システムの標準化・共同化に関する意見書」(2021年)、日弁連公害対策・環境保全委員会編『情報システムの標準化・共同化を自治の視点から考える』(信山社、2022年)等がある。また第32次地方制度調査会答申でも「地方公共団体が有する自主性に配慮」(8頁)する必要等が説かれていた。

※2 本多滝夫「地方行政のデジタル化と地方自治」同ほか『自治体DXでどうなる地方自治の「近未来」』(自治体研究社、2021年)8-9頁。デジタイゼーションとは、「文書作成や事務手続をアナログ形式からデジタル形式へ転換すること」、デジタライゼーションとは、「デジタル化された情報(データ)の活用とデータ相互の間の連携を可能とする、デジタル技術によるプラットフォームを形成すること」、自治体のデジタル・トランスフォーメーション(DX)とは、「デジタライゼーションに対応できるICT人材を中心とする組織に再編し、組織文化を、地域の課題をデジタライゼーションを通じて解決するといった志向に転換すること」をいうとされる。

※3 例えば参照、本多滝夫「デジタル社会と自治体」岡田知弘ほか『デジタル化と地方自治』(自治体研究社、2023年)79頁。

※4 原田大樹「デジタル時代の地方自治の法的課題」地方自治884号(2021年)2頁以下。

※5 地方公共団体自身が断念した例として、富山県上市町の例が存在する。上市町の国民健康保険システムは7市町村で運営される自治体クラウドを採用していた。そのため町が国民健康保険税の第3子負担分を軽減する独自の施策を行うにあたっては、単独でシステムをカスタマイズする必要があった。これは経費軽減のための導入の決定意思に反するとして見送られた。参照、富山県上市町2018年6月定例会第2号(6月15日)における町長答弁。

※6 地方自治の文脈において、補完性原理や「国と地方公共団体との適切な役割分担」の原則は、国と地方公共団体あるいは地方公共団体間の権限配分等に関する原理・原則である。
 補完性原理とは、個人がある事柄を実現できない場合に小さな集団に、小さな集団でも実現できない場合はより大きな集団に権限を認めるとする原理であり、地方自治の文脈では事務配分について市町村に最優先の権限配分を認めるべきとする議論が導出される。補完性原理を憲法解釈に認めるべきとする代表的な論者として、参照、杉原泰雄『地方自治の憲法論(補訂版)』(勁草書房、2008年)171-175頁。
 「国と地方公共団体との適切な役割分担」の原則は、「国と自治体の間の『事務再配分原則』」や、国からの関与の禁止や極小化等を導出する原則とされる。かかる原則を憲法解釈に含めるべきとする代表的な論者として、参照、磯部力「国と自治体の新たな役割分担の原則」西尾勝編『地方分権と地方自治』(ぎょうせい、1998年)85-89頁。

※7 国の役割とするものとして、第32次地方制度調査会答申7-8頁。池田敬之「地方公共団体情報システムの標準化とデジタル社会実現のための将来展望」地方自治893号(2022年)20-21頁は、今後新たな事務を実施し、情報システムを構築する際には、国が一定の標準を示すことやシステムに必要な基盤を構築するという国・地方公共団体のあり方が望ましいとする。

※8 庄村・前掲※1)10頁。

※9 参照、松本英昭『新版逐条地方自治法(第9次改訂版)』(学陽書房、2017年)64頁。

※10 成田頼明「地方自治の保障」同『地方自治の保障』(第一法規、2011年)117頁。


◆横堀あき(よこぼり あき)さんのプロフィール
北海道大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。現在、北海道教育大学教育学部札幌校講師。主な論文に、「Ernst Forsthoffの公的Körperschaft論について」北大法政ジャーナル24号(2017年)、「地方自治体の出訴可能性」憲法理論研究会編『市民社会の現在と憲法』(2021年)、「ドイツ『地方自治』保障に関する一考察(1)」北大法学論集72巻5号(2022年、連載中)がある。