「ゴルフクラブ入会拒否の憲法問題」
井上武史さん(関西学院大学法学部教授)
分かれた司法判断
元外国籍であることを理由にゴルフクラブが入会を拒否したことについて、名古屋高裁(令和5年10月27日)は、違法とする判断を下した。その理由は、入会拒否が憲法14条1項(法の下の平等)に反し、また、人種差別撤廃条約が禁止する人種差別にあたるとされ、これらが不法行為法上の違法性の判断で考慮されたためである。一方で、原審の津地裁四日市支部(令和5年4月19日裁判所ウェブサイト)は、入会拒否を違法でないとしており、地裁と高裁で判断は分かれることになった。はたして、どこが分岐となったのであろうか。
私的自治、結社の自由
本事件では、ゴルフクラブも入会希望者もともに私人であるため、公権力を名宛人とした憲法が直接適用される場面ではない。むしろ、私人相互の関係では私的自治の原則が妥当し、契約における相手方選択の自由によって、ゴルフクラブは誰と加入契約を締結するかを自由に決められるのが原則である。
また、私的団体であるゴルフクラブには、憲法上、結社の自由(第21条1項)が認められる。個人主義に重きを置く日本の憲法学では、個人の結社する自由が強調される反面、団体側に構成員選択の自由があることにはほとんど触れられない。人の結合であるという結社・団体の性格上、誰を構成員とするかは、団体の目的との関係や団体の同一性確保にとってきわめて重要な意味をもっている。たとえば、A大学同窓会に、B大学の卒業生を加入させるわけにはいかないだろう。団体は、希望者の加入を一方的に、しかも理由を告げることなく拒否することができる。たとえ入会希望者が団体の提示する条件をみたしていても、団体はその者を受け入れる義務を負わない。私的自治との関係でも、団体には契約を締結しない自由がある。
結社の自由は、本来的に相手方の存在を前提としており、相手方の合意がなければ実現しないという特殊な人権である。このため、個人には、団体に加入する自由や加入しない自由は認められるが、特定の団体に対して「加入を求める権利」というものは存在しない。仮に、団体による新たな構成員の加入拒否が不法行為に当たるとすれば、国家が構成員の加入を団体に強制することになり、結社の自由を制限する。
私人の関係での平等原則
本事件でも、ゴルフクラブには構成員となる会員を選択する自由があるのが前提である。問題は、元外国籍であることを理由とする加入拒否が差別に当たり、憲法に違反するのかどうかである。もっとも、私人と私人の紛争である本事件は、対公権力を念頭に置いた憲法の平等原則が直接適用される事案ではない。ただし、三菱樹脂事件判決(最大判昭和48・12・12民集27巻11号1536頁)以来、最高裁は、私人相互の関係であっても、個人の自由や平等に対する侵害の程度が社会的に許容し得る限度を超える場合、裁判所は私的自治を尊重しつつも、基本的な自由・平等と調整を図ることが許されるとの立場をとっている。この場合は、憲法が直接に適用されるのではなく、私人相互の関係を規律した私法の適用の際に憲法上の権利・自由を考慮するものであるため、いわば憲法を間接的に適用するものである。本事件の地裁と高裁でも、この判断枠組みは踏まえられている。
それでは、なぜ2つの裁判所で異なる結論になったのか。一つの要因は、ゴルフクラブの性格づけである。地裁が、従来の裁判例(東京高判平成14・1・23判時1773号34頁)と同様に、当該ゴルフクラブを「会員による自主的な運営が行われている閉鎖的かつ私的な団体」とした一方で、高裁は、ゴルフクラブの会員数が約1500名に及ぶことや、同クラブが運営するゴルフ場で全国規模の大会が行われていることなど、当該ゴルフクラブが「一定の社会性をもった団体」であると性格づけた。「社会性」が強い団体ほど構成員選択の裁量権が限定されるという理屈は一般論としては成り立つであろうが、会員制ゴルフクラブにそこまでの「社会性」が認められるのかについては、異論もあるだろう。
人種差別撤廃条約の間接適用
もう1つの要因は、高裁が、ゴルフクラブの入会拒否を人種差別撤廃条約が禁止する「人種差別」にあたると認定したことにある。もっとも、同条約などの国際条約は、締約国にその遵守を求めるものであるため、本事件のように私人相互の関係を直接規律するものではないと考えられている。しかし、本判決は、不法行為法上の違法性の判断に条約の趣旨を取り入れるという間接適用の手法によって、入会拒否を違法とした。
このような間接適用の手法は、宝石店主らがブラジル人女性に対し外国人であることを理由に店舗からの退去を求めたことが不法行為に当たるとした浜松入店拒否事件(静岡地浜松支判平成11・10・12判時1718号92頁)、公衆浴場における外国人であることを理由とした入浴拒否が不法行為に当たるとした小樽入浴拒否事件(札幌地判平成14・11・11判時1806号84頁)、民族学校に対する示威活動が不法行為に当たるとした京都朝鮮学校事件(京都地判平成25・10・7判時2208号74頁)でも見られ、私人間での人種差別を違法とする裁判例が積み重ねられている。
人種差別撤廃条約では、「ホテル」、「飲食店」、「喫茶店」を利用する権利が差別なしに保障されるべきことが規定されており(第5条)、私人間での人種差別も念頭に置かれている。その意味では、裁判所が間接適用という手法であっても、私人相互の間での人種差別を違法と評価することは、条約の趣旨に適うものといえる。
理論的に興味深いのは、憲法14条1項が禁止する「人種」による差別との関係である。高裁は、入会拒否が条約上の「人種差別」に該当すると認定したが、憲法14条1項後段列挙事由の「人種」の該当性については判断しなかった。同条の後段列挙事由は例示に過ぎず、特別の意味をもたないとする判例理論によると、本事件が「人種」による差別に該当するか否かをあえて認定する実益はなかったのかもしれない。
条約違反の主張に消極的な態度を示すことが多い裁判所が、憲法を差し置いて人権条約に依拠して違法と判断するのは珍しい。我が国の憲法が人種差別事案で適切に機能を果たせないのであれば、判例の例示列挙説も見直しが必要なのかもしれない。
◆井上武史(いのうえ たけし)さんのプロフィール
関西学院大学法学部教授。京都大学大学院法学研究科修了。博士(法学)。岡山大学法学部准教授、九州大学法学部准教授などを経て、2023年より現職。著書に『結社の自由の法理』(信山社、2014年)、共著に『一歩先への憲法入門〔第2版〕』(有斐閣、2021年)などがある。